[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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ここに注目!

ゲノム編集  -DNAを「狙って」「切る」。はさみがもたらすインパクトとは。-

(2017年10月01日)

(図1)ゲノム編集技術によって作成された「種なし」トマト。徳島大学、筑波大学プレスリリース記事より。

 毎年10月初旬はノーベル賞発表の時期ですが、ここ数年、受賞候補として必ず噂されるテーマ、「ゲノム編集」について紹介したいと思います。ゲノム編集技術によって、臨床医学や製薬分野ではもちろん、農林水産畜産分野でも一大革命が起こりつつあります(図1)1)

 ゲノム編集技術は、なぜそのように大きいインパクトがあるのでしょうか。
私たち人間を含む地球上の生命はあまねく、自分の遺伝情報を、DNA(デオキシリボ核酸)のかたちで保存しています。20世紀後半の遺伝子工学の進歩により、DNAを操作することで、細菌や培養細胞の中で人間のホルモン製剤を生産したり、害虫や除草剤に耐性を持つ遺伝子組換え作物の作成がなされてきました。しかし従来の遺伝子組み換え技術では、目的とする遺伝子を挿入することはできても、特定の位置を狙うことはできず、思い通りの操作をすることは困難でした。しかし、このゲノム編集技術では、DNAの二本鎖を、ある狙った配列のところで切断することが可能になったのです。

(図2)3つのはさみ

 このように狙って切るはさみには、大きく分けて3種類あります(図2)2)
 第一世代のはさみ、ZFNs(Zinc finger nucleases)は、1996年頃に確立しました。これは、DNAの特徴的な配列を、ジンクフィンガー結合モチーフというタンパク質で認識させ、FokIという制限酵素で切ります。しかし、この狙いを定めるためのタンパク質の設計方法がとても複雑で、また狙える場所も限られている技術でした。要は、使い勝手が良くないわりには高いはさみだったので、それほど普及しなかったというわけです。
 2009年ごろに、第二世代のはさみが出てきます。TALENs(Transcription Activator-like Effectors nucleases)です。FokIを使って切るところは一緒ですが、DNAの切るべき場所を狙う仕組みに、Transcription Activator-like Effectors(TALE)というタンパク質を使うことによって、ZFNよりもずっと狙える場所が増えました。はさみの使い勝手が少し良くなり、値段も安くなりました。
 そして2012年に、CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)という、第三世代のはさみが登場しました。これは、原理的にはDNA配列のどんな場所でも簡単に狙って切れるはさみであり、この技術の登場を契機にゲノム編集技術は一気に注目されるようになりました。CRISPR/Cas9は、切るところをFokIではなくCas9というタンパク質を用います。また場所を狙うための仕組みを、タンパク質ではなく、「ガイドRNA」を使うことで、設計が簡便になり、それによって圧倒的な低コストを実現したのです。この技術開発の立役者が、ノーベル賞受賞候補として最有力視されている、米国Jennifer Doudnaと、仏国Emmanuelle Charpentier(現在はドイツで活動中)です。お二人は今年、Japan Prizeも受賞されています3)。Jeniffer Doudnaは、「CRISPR-Cas9は、生物系のどの研究室に行っても必ず装備されているツールの一つにいずれなる」と言っているそうです4)
 
 CRISPR/Cas9の登場以降数年で、新たな動植物の育種への応用だけでなく(図1 トマト育種の例)、現段階ではマウスやラットを用いた研究ですが、デュシュエンヌ型筋ジストロフィー、網膜色素変性症を、ゲノム編集によって症状を軽快させることに成功したとの報告5)6)もあるなど、新しい医薬品開発や治療技術への影響も期待されています7)

 一方、あまりにも多方面でインパクトが大きすぎるため、その技術の適用の是非、ガイドラインの作成、ガイドライン遵守のためのシステム形成などの検討や議論など、科学者と各国政府の連携した取り組みが不可欠です。また生命倫理にも大きく関わる技術であり、一般市民を含めたさまざまなステイクホルダーとの対話なども通して、研究開発を進めていく必要があると考えます。

 

(追記)
CRISPR/Cas9技術の基礎となった、DNAの繰り返し配列(現在ではCRISPR配列と呼ばれるもの)は、石野良純博士が(現在九州大学大学院農学研究院教授)、大阪大学微生物病研究所所属時に、中田敦夫名誉教授の指導のもと、発見したものです。
    

 

【参考文献】
1)トマトで高効率ゲノム編集技術を確立 ~受粉しなくても果実を形成する単為結果性を付与する~
http://www.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/170413ezura-1.pdf
2) 調査報告書 「ゲノム編集技術」 CRDS-FY2014-RR-06 http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2014/RR/CRDS-FY2014-RR-06.pdf
3) Japan Prize 2017年受賞者 http://www.japanprize.jp/prize_past_2017_prize02.html
4) http://www.sciencemag.jp/breakthrough/2015/CRISPR
「CRISPR はPCRのようになります。いつも道具箱に入っている工具のように。」
5) http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/11644
6)https://www.nature.com/nature/journal/v540/n7631/fp/nature20565_ja.html?lang=ja
7) JST CRDS 研究開発の俯瞰報告書 「ライフサイエンス・臨床医学分野(2017年)「3.2 創薬基盤技術、医薬品」「3.4 食料・バイオリファイナリー」
http://www.jst.go.jp/crds/report/report02/CRDS-FY2016-FR-06.html

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー
齊藤 知恵子

齊藤 知恵子(さいとう ちえこ)
 1999年東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程修了(博士(理学))、理化学研究所基礎科学特別研究員、日本学術振興会特別研究員、理化学研究所研究員、専任研究員、東京大学大学院理学系研究科特任准教授を経て、2015年より国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー。ライフサイエンス・臨床医学分野(とくに、グリーンバイオ分野)における、技術動向や社会的動向の俯瞰調査、および、戦略プロポーザルの作成に従事。