[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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サイエンスアゴラ2021『マンガで話す みんなのリアル』ワークショップレポート

(2021年11月30日)

 2021年11月3日(水・祝)~7日(日)の5日間に渡って行われた国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)主催のイベント『サイエンスアゴラ2021』において、JST社会技術研究開発センター(RISTEX)の「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域が企画したオンラインイベントが実施された。「未成年者のネットリスクを軽減する社会システムの構築」の研究開発プロジェクトで作成した、インターネット上での人間関係やSNSの使い方について考えるマンガ教材を使ったワークショップ『マンガで話す みんなのリアル―中高生SNS編』である。

 

 ワークショップは日本各地の中学校・高校をオンラインで結ぶかたちで実施。生徒とのやりとりは、リアルタイム投票・投稿ツール『スグキク』を使って行われた。ファシリテーターはこのマンガ教材を開発した関東学院大学人間共生学部コミュニケーション学科 准教授の折田明子氏が担当。また、コメンテーターとして学校現場でのICT活用を推進するWebサイト『教育ICTリサーチ』主宰、フューチャーインスティテュート株式会社 代表取締役の為田裕行氏が参加した。

 

マンガ教材『ほんとうのこと』あらすじ

 

 主人公「りこ」は吹奏楽部に所属する中学2年生。吹奏楽部は県大会出場を目指し、日々、熱心に練習に取り組んでいた。しかし、親友の「しおり」は毎朝の練習に遅刻するなど練習に身が入らない。部長の「さとみ」はそのことを不満に思っているが、りこは、その原因がしおりの祖母が倒れ、彼女が幼い妹の面倒を見なければならなくなったからだと知っている。りこは、なんとか部活と妹の世話を両立できるようしおりを励ますが、しおりの練習不足が祟ったのか、吹奏楽部は県大会への出場を逃してしまう。

 

 その晩、さとみはしおり抜きのグループチャットを立ち上げ、しおりの遅刻について皆に相談するが、事情を知らない部員たちはやがてしおりに対する不平不満を発言しはじめる。りこはしおりの家庭の事情を打ち明けるべきか悩むが、個人情報をSNSに投稿してはならないという学校の指導を思い出し、ためらう。そうしている内に、しおりは部内で徐々に孤立。部活にも来なくなってしまった。

 

 それから数週間後、りこはしおりのSNSに、かつてグループチャットに投稿された不平不満のスクリーンショットが投稿されていることを知る。すぐにしおりに釈明しようとするりこだが時はすでに遅し。騒動はSNSを通じて部活の外にまで広まり、部長のさとみはひどいいじめの首謀者と陰口を叩かれ、学校や塾を休むようになってしまった。なぜ、こんなことになってしまったのかと、りこは打ちひしがれる。

 

 ワークショップでは折田氏が設定した、マンガ教材の要所を押さえた討議テーマ・設問に生徒たちが回答していくかたちで進行。大きく以下の4問が生徒たちに投げかけられた。

 

討議1:

・あなたが共感できた登場人物を選んでください。

・あなたが共感できた登場人物から一人について、その理由をおしえてください。

 

討議2:

・あなたが「しおり」の立場なら、自分のことを、まずは誰に話しますか?

・あなたが「しおり」の立場なら、誰に、自分のどんなことを話しますか。

 

討議3:

・あなたが「さとみ」のグループLINEに招待されたら、どうしますか?

・「さとみ」は何のために、このグループLINEを作ったと思いますか。

 

討議4:

・「りこ」が、いつ、何をしていたら、マンガに描かれていた未来は変わったと思いますか?

 

 この物語では“傍観者”であった(しかし、全ての事情を唯一把握していた)りこになにができたか。部員を束ね、導く立場である(しかし、同じ中学2年生にすぎない)さとみがどのように振る舞えたか。事態の当事者であり、仲間たちに多大な迷惑をかけていた(しかし、やむをえない事情があった)しおりが誰に何を伝えることができたか。ワークショップでは、折田氏、為田氏が導くかたちで、生徒たち、1人ひとりがそれぞれの考えを披露し、少しずつ議論が深まっていった。

 

 なお、冒頭の設問に対する回答は、部長のさとみに共感する参加者がもっとも多く37%に。次いで主人公のりこが36%、しおりに共感する人は14%とかなり少ない数字となった。また、「誰もいない」と回答する人も13%いた。しかし、4つの討議が終了した後、最後に改めて共感できる登場人物を訪ねたところ、3人全ての得票数が減り、「誰もいない」と回答する人が25%にまで増加。討議していく中で、誰しもそれぞれ事情があり、必ずしも誰かの行動が正しかった(あるいは正しくなかった)わけではないことが理解されたのが理由だろうと折田氏は分析する。なお、折田氏曰く、こうした結果はワークショップごとに一様ではなく、今回とは逆にしおりに共感する人が圧倒的に多い回もあるのだと言う。

 

 こうした生徒たちの意見の多様性や揺れ動きを見たコメンテーターの為田氏は、こうしたグラデーションを好ましいと語り「選択肢をたくさん持てるというのはとても大事なこと」と評する。また、トラブルの原因が吹奏楽部員間のディスコミュニケーションであることも指摘しつつも、吹奏楽という部活動の性質上、メンバーを外される恐怖からか家庭の事情を言い出せなかったしおりの気持ちにも理解を示す。そして、しおりがより良い判断を下すために、直接の利害関係にない学校外の専門家や自分と似た境遇の人、あるいは吹奏楽部とは全く繫がりのない外部のコミュニティの友人に相談するという方法もあったのではないかと提案した。

 

 さらに為田氏は、最後に改めて問われた「共感できる人物はだれか」という問いの変化に触れ、いろいろな立場があることを知り、それによって共感する人を変えるということが、リアルな社会の疑似体験に当たると解説。「今回、『誰もいない』を選ぶ人が増えたというのはもう少しこうすれば良いのにということがたくさんあったから。ぜひ皆さんの今後のコミュニケーションの中に今日のワークショップが生きてくればいいなと思います」と総括した。

 

関連リンク

「マンガで話す みんなのリアル―中高生SNS編」YouTubeにてアーカイブ配信

「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域

未成年者のネットリスク軽減に向けた技術や教材の開発(鳥海教授プロジェクト)

 

山下 達也(やました・たつや)
※科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)から
 の依頼に基づき、取材・執筆を行いました。