ダークマターは原始ブラックホールか?
-最新の重力波観測が明かす宇宙のはじまりの謎-(国立天文台 郡 和範)
(2023年9月26日)
約138億年前に誕生したという宇宙は、どのように始まったのでしょうか?
光よりずっと透過性が高い重力波を用いて観測すれば、光同士の散乱を考えることなく宇宙の果てを見ることができますし、「ビッグバン」の火の玉を通り抜けて、宇宙の誕生の様子を見ることができます。宇宙の誕生時にビッグバンより前に起こったとされる初期宇宙のインフレーションは、ビッグバンより急激な宇宙膨張を起こしました。その速さは、光の速さを超えて膨張していくほどでした。「インフレーション」のおかげで、宇宙のどこを見渡しても同じような景色が続くような広大な宇宙が生まれたのです。
また、インフレーションは量子力学的な効果により、宇宙全体の大きなスケールで約10万分の1という密度ゆらぎを作りました。場所場所の密度の濃さ・薄さのことを「密度ゆらぎ」と呼びます。「10万分の1という密度ゆらぎ」は天体が作られる前、インフレーション以外ではつくることができません。その密度の濃いところは、重力により「物質」がどんどん集まることにより、銀河が作られました。
物質とは見ることができる普通の物質とその5倍存在するという見えない物質「ダークマター」の2つがあります。しかし、ダークマターの正体はまだわかっていないのです。そして、その銀河の中で太陽系のような、恒星と惑星からなる恒星系が生まれました。逆に言うと、その密度ゆらぎがなければ、我々の銀河も生まれませんし、地球も生まれません。つまり、我々人類も生まれません。インフレーションが作った密度ゆらぎがすべての源なのです。
今年の6月末に、宇宙初期から存在する重力波を観測したというニュースが報じられました [1]。
北アメリカナノヘルツ重力波天文台(NANOGrav)で複数の「パルサー」が周期的に出す電波のシグナルの相関を15年間観測したところ、ナノヘルツ帯の電波に奇妙なシグナルを観測したというものです。
2017年にノーベル賞を受賞したLIGO(ライゴ)実験がみつけた重力波はブラックホールの衝突で作られた、約100ヘルツの振動数の重力波でした。そのため、それより約100億倍振動数が小さい違うタイプの重力波ということなのです。パルサーは磁場を持つ「中性子星」のことで、1秒間に数100回ほども回転して規則正しい電波のシグナル(パルス)を出す “宇宙の灯台“ です。パルスを出す天体という英語でパルサーと呼ばれます。中性子星は太陽の約8倍以上の重い星がその最期に爆発しますが(超新星爆発)、その時に残される半径約10kmほどの高密度の青白い星です。
もし重力波が存在すると、時空を伸び縮みさせるため、その正確なパルサーの電波の周期を変更してしまうのです(図1)。
今回、そのシグナルが本当ならば、大変な発見です。ナノヘルツ帯の重力波は、それぞれの銀河の中心にあるという超巨大ブラックホールの衝突でも生じることが知られています[3]。しかし、天文学的な不確定性が大きく断定できません。
今回の観測値は宇宙初期のインフレーションが直接つくる重力波に比べて、一千万倍以上も大きいものでした。インフレーションは約10-19ヘルツから約107ヘルツあたりまで幅広い重力波を予言しますが、その量は少ないのです。一方、インフレーションが作る小さなスケールの密度ゆらぎが大きかった場合、密度ゆらぎ同士がお互いに作用することで、小さいスケールの大きな重力波が作られる効果があります。これは「誘導重力波」と呼ばれます。
我々の論文[4]により、この誘導重力波が、NANOGrav15年のシグナルをぴったり一致することを指摘する理論モデルが提案されました(図2)。さらに、上記の大きな密度ゆらぎは、宇宙初期につぶれて太陽質量よりずっと軽い、惑星くらいの重さのブラックホールになることが予想されます。
これは天体起源のブラックホールと区別して「原始ブラックホール」と呼ばれます。また、その存在量は、ダークマターの総量の約1%にも及ぶ可能性があることを指摘しています。今回のシナリオでは、残念ながら残りの99%のダークマターの正体は依然、未解明です。もしかしたら質量の違う原始ブラックホールかもしれませんし、アクシオンやニュートラリーノなどの未発見の新種の素粒子かもしれません。
今回の重力波は小さいスケールの大きな密度ゆらぎが誘導重力波として生成し、その同じ密度ゆらぎが同時に原始ブラックホールをもつくったという解釈です。
原始ブラックホールの連星が衝突する時に発する重力波を、近い将来、全長約10kmというEinstein Telescope(アインシュタイン テレスコープ)や約40kmというCosmic Explorer(コズミック エクスプローラー)という欧米の新しい実験計画が連携して見つける可能性があります。
将来の重力波実験を用いて初期宇宙のインフレーションを検証し、原始ブラックホールを発見する日がせまっているのかもしれませんね。
【参考文献】
[1] Allys, et al., the LiteBIRD collaboration, arXiv:2202.02773 (2022).
[2] Gabriella Agazie, et al, The NANOGrav15yr collaboration, arXiv:2306.16213 [astro-ph.HE]
[3] Sesana, Class. Quantum Gravity 30, 224014(2013).
[4] 猪又敬介, 郡和範、寺田隆広, arXiv:2306.17834 [astro-ph.CO](2021).
[5] 宗宮健太郎,等 the KAGRA collaboration, Class. Quantum Gravity 29, 124007 (2012).
郡 和範 (こおり・かずのり)
2000年 東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 博士課程修了、2004年 米ハーバード大学 博士研究員、2006年 英ランカスター大学 研究助手、2009年 東北大学大学院 理学研究科 物理学専攻 助教、2010年 高エネルギー加速器研究機構/総合研究大学院大学 助教、2012年 高エネルギー加速器研究機構/総合研究大学院大学 研究機関講師/講師、2014年 高エネルギー加速器研究機構/総合研究大学院大学 准教授、2023年 7月より国立天文台 教授。(この間、英オックスフォード大・招聘准教授(2017年)、京都大学(2000年)、東京大学(2002年)、大阪大学(2003年)の博士研究員に従事。)
専門分野:理論宇宙物理学・宇宙論・宇宙素粒子物理学
著書:『宇宙はどのような時空でできているのか』『ニュートリノと重力波のことが一冊でまるごとわかる』(以上、ペレ出版)、『KEK 物理学シリーズ3・宇宙物理学』(共立出版、共著)など。
趣味・特技: サクソフォーン演奏、野球、カラオケ