[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

ドイツ・ブレーメンの工学基盤分野における人材育成の仕組み

(2020年6月01日)

1.はじめに

 いま日本の工学基盤分野(製造、材料、機械、流体、化学など)では、分野全体としての研究力の低下が懸念されています。分野の一部は国際的な競争力を保っている一方、全体としては、大学での博士課程への進学率低下や企業での人材不足が深刻化しています1)

 CRDS環境・エネルギーユニットでは、この状況について今後に向けた示唆を得るため、国内外での調査をおこなっています。今回は、この活動の一環として実施したドイツでの現地調査のうち、ブレーメンについてご紹介します。

 

2.ブレーメンの町と訪問先

 ブレーメンは、ドイツ北部に位置するブレーメン州の州都であり、325㎞ほどの土地(名古屋市とほぼ同じ)に、約56万の人びと(名古屋市の約4分の一)が暮らしています2)。空港から路面電車で20分ほど行くと、歴史ある市庁舎やブレーメンの音楽隊像のある、町の中心部に着きます。

 この町には、製造技術や航空宇宙をはじめとした工学基盤分野を担う高等教育機関や研究所、企業が軒を連ねており、多くの技術者が活躍しています。今回の調査では、ブレーメン専門大学3)、ブレーメン大学4)、フラウンホーファーIFAM5、ライプニッツ材料工学研究所6)、OHBシステムAG7)、エアバス8)を訪問し、技術者や教員、研究者、事業担当者の方々に話を伺いました。

写真1:ブレーメンの町の中心に位置する広場と市庁舎(筆者撮影)

 

3.産・学・官の連携による地域内人材育成の仕組み

 調査を通じて明らかになったことは、ブレーメンでは、産業、学術、政府を中心とした多主体による連携を基盤として、地域のなかで技術者を育て、維持しているということです。とくに連携のあり方の特徴として、個々の部門や組織を越えて人の交流と成長を促す、様々な仕組みの存在を指摘することができます。例えば、以下のようなものです。

① 産業:学生に対する現場での技術習得・就業体験の機会の提供
 
企業では、大学や専門大学の学生をインターンとして受け入れ、彼らが現場のなかで技術を習得しながら、企業での就業を体験できる場を提供しています。企業側はこの機会を新規の人材採用につなげることもできます。

② 大学・専門大学:企業や研究所との協働による授業やプロジェクトの展開   
 大学の構内には、複数の独立の研究所がオフィスをもっており、それら研究所の技術者や研究者も大学の講義や実習を担当しています。専門大学では、企業や研究所での実務経験をもつ技術者が教鞭をとっていることに加え、学生が参加できる企業あるいは研究所との共同プロジェクトを実施しています。

③ 研究所:基礎研究と社会実装を仲立ちする素養の育成 
 大学構内に位置する独立の研究所は、大学と企業をつなぐ存在です。博士課程の学生をエンジニアとして有給で雇用したり、インターンの学生や修了したばかりの博士号取得者を受け入れたりすることで、若い技術者が働きながら基礎的な研究能力を磨くと同時に、産業に関する知識やニーズを吸収する場として機能しています。

④ 政府・自治体:ベースファンドや連携拠点構築のための資金の提供
 市(町)が多額の設立資金を拠出した連携拠点のひとつに、2019年5月に運用が開始されたECOMAT(Bremen Center for Eco-efficient Materials and Technologies)があります。ブレーメンの科学・技術を担う主要な企業、研究所、大学の人材を集め、空間的な交流を通じた新たな連携とイノベーションを創出する試みです。

 ブレーメンの工学基盤分野では、以上のような、地域内の異なる部門や組織が互いに人的な交流を促進する仕組みを備えています。ブレーメンは、地域一体として、学生や技術者が産業と研究の現場を行き来しながら鍛錬を積むことができる体制をもっているといえます。

写真2:ブレーメン専門大学の校舎窓から臨むブレーメンの町(同行の徳永フェロー撮影)

 

4.おわりに

 ブレーメンが有する地域内人材育成の仕組みの背景を考えると、現地で何度も耳にした、「ブレーメンは小さい都市である」という言葉に思いあたります。この町の空間的な制約は、地域のなかで科学・技術の担い手を育て維持するにあたって合理的な連携構造を導いた、重要な条件だったのではないでしょうか。ここで見た人材育成の仕組みは、日本の工学基盤分野が直面している課題にとって、ひとつのヒントになるかもしれません。

 

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
環境・エネルギーユニット フェロー
前川 智美

 

【参考】

1)長谷川景子「イノベーション創出のための日本の工学基盤とは」つくばサイエンスニュース(2020年1月15日掲載)参照

2)ブレーメン州ホームページ<https://www.bremen.de/tourismus/stadt-leute>  
参照(2020年4月20日アクセス).

3)英名称はCity University of Applied Sciences. <https://www.hs-bremen.de/internet/en/index.html> 参照(2020年4月20日アクセス).

4)英名称はThe University of Bremen. <https://www.uni-bremen.de/en/university/profile> 参照(2020年4月20日アクセス).

5)英名称はFraunhofer Institute for Manufacturing Technology and Advanced Materials IFAM. < https://www.ifam.fraunhofer.de/en.html >参照(2020年4月20日アクセス).

6)英名称はLeibniz Institute for Materials Engineering — IWT. <https://www.leibniz-gemeinschaft.de/en/institutes/leibniz-institutes-all-lists/leibniz-institute-for-materials-engineering-iwt.html> 参照(2020年4月20日アクセス).

7)英名称はOHB System AG. <https://www.ohb-system.de/main-company.html> 参照(2020年4月20日アクセス).

8)英名称はAirbus. <https://www.airbus.com/careers/our-locations/europe/bremen.html>参照(2020年4月20日アクセス).

 

 

前川 智美 (まえかわ ともみ)
 2016年東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了。博士(学術)。千葉大学大学院人文社会科学研究科特任研究員等を経て、2019年より現職。専門は合意形成論、地域コミュニティ論、自然資源管理論。東京女子大学現代教養学部非常勤講師(2019年~現在)。三重大学大学院工学研究科非常勤講師、同リサーチフェロー(2017年~現在)。