[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

再生可能エネルギーを支える長期的な研究

(2019年2月01日)

図1 物質・材料研究機構(NIMS)でのクリープ試験

 近年、再生可能エネルギーの話題を聞かないときはありません。太陽電池、風車、蓄電池、水素、燃料電池などは、再生可能エネルギーのキーワードです。これらは近年になって急に実用化されたのでしょうか。実はシリコン系太陽電池は1954年にアメリカで発明されたものです。日本では1974年からのサンシャイン計画で大規模な研究が進められました。実に発明から数十年が経過してから本格的な実用化が始まったと言えます。

 太陽光や風力で得られる再生可能エネルギーは自然条件によって変動しますから、使いたいときに使うためには一時的にエネルギーを貯めておくことが必要です。一時貯蔵というと蓄電池が便利ですが、電力をすべて電池に貯めるのはコストや輸送を考えると不便なので、一旦水素に変えて必要な時は燃料電池で電力に戻そうとの試みがあります。その際には、ガスの輸送や保管に用いられるステンレス鋼などのパイプやタンク、継ぎ手などの一見地味な部品が大変重要になってきます。鉄がさびることはみなさん、生活でよく体験するでしょう。実は、鉄は水素でも劣化します。水素脆化(すいそぜいか)といいますが、さびと違って目に見えるわかりやすい変化ではありません。このため、パイプや継ぎ手が突然壊れるようにみえます。図1はつくばの物質・材料研究機構にあるクリープ試験機です(1)。金属の棒を破断するまで長い時間引っ張り、長期信頼性のデータを蓄積しています。40年引っ張り続けている金属棒まであります。そこで、図1のような試験を水素中でも行ってデータを取っています。エネルギーは社会の根幹ですから事故は許されません。水素は爆発する危険もありますから、なおさらです。日本では、九州大学に産業技術総合研究所との共同の大規模実験施設があり、水素脆化の長期的データをとり続けています(2)

 図2には、一時貯蔵を含む再生可能エネルギーの概念図(3)を示します。水素以外にも重要なキー技術があることがわかります。電力は貯められないので、他の形態に変換し、必要なときに電力に戻すことがキー(鍵)であることがわかります。

図2 一時貯蔵を含む再生可能エネルギーの概念図

 たとえば太陽光発電では、雲で急に陰ることなどよくありますから、そんなときは短時間で急速に電力を供給しないといけません。夕方、暗くなってきて明かりを皆が使い始めるときは、1時間もたたないうちに電力消費が20%も増えたりします。このような急激な電力需要の変化には火力発電所の出力調整で追いつくのは難しいのです。このような用途に対して、蓄電池が活用できないか検討されています(4)。ここで必要なことは、蓄電池のサイクル耐久性と保存耐久性が高いことです。携帯機器用と異なり、大型かつ10年以上の動作が求められるため特に高い安全性が必要です。これには充放電特性を長い時間をかけて確かめていくことが必要です(5)。近年開発が盛んな全固体リチウムイオン電池は、電解液が燃えやすい有機液ではなく無機電解質であるため、安全性が高いことが期待されています。また、固体で混ざらないため、正極側には高い電位で分解しにくい物質、負極側には低い電位で分解しにくい物質を配置できます。こうすると、電池の中で時間と共に電解液が分解されていく劣化を防ぐ、つまり長期寿命を確保できるのでは?という期待があります(6)

 蓄熱発電は、太陽光を集光して熱にする方法が主流です。一方、あまり普及していませんが、風車のエネルギーで熱を発生させて、溶融塩と呼ばれるNaNO3(硝酸ナトリウム)のような媒体に熱を蓄え、魔法瓶に保管し、必要なときにこの熱で発電するものがあります。これを風力熱発電といいます(7)。溶融塩を使うのは、水より熱容量が大きいことで、より多くの、かつより高い温度での蓄熱ができるからです。電力の時間シフトを蓄電池より安価に出来ると期待されています。風車で電力を発電する場合と同様、風車の直径が大きいほど効率は高くなります。しかし大型の風車は重く、軸受けに大きな負荷がかかります(8)。日本のように台風が来るところでは暴風にも耐える必要があります。このような軸受けの長期信頼性も、材料と構造に関する長期間のデータの積み上げが必要な研究領域です。

 太陽光発電は、たくさんのパネルを広い場所に設置し、一度置くと数十年は働かせます。風も雨もある中、安定して設置する土木工法は何かといった点も技術蓄積が必要なところです。

 以上のように、再生可能エネルギーの実用化には、発電効率やコストのようなわかりやすい指標以外にも考えないといけない、研究開発に長期を要することがたくさんあることがわかります。太陽電池の高い効率の達成、画期的低コスト、大容量の蓄電池といった話題は華やかですし、研究する担当者のモチベーションも高く保ちやすいです。しかしながら、エネルギーのように多くのデバイスや技術に支えられる大規模なシステムでは、継ぎ手やパイプのような一見地味な物を含めて、すべてのデバイスについて長期的な信頼性データをきちんと取ることが必要です。今後もこのような研究を維持し発展させることが、再生可能エネルギー大量導入において、安全で経済的な面で優位性を保つには必須となります。これらのことに、日本には数十年にわたる蓄積があり、世界的に高い水準にあります。これを大切に発展させたいと考えています。短期間で華やかな成果を求める研究だけでなく、鋼の水素脆化評価のような長期的で地道な研究を続ける環境を構築することも大切です。

 

参考文献
1. 物質・材料研究機構「ムービーライブラリ 先端研究所の実験装置」『数十年 じーっと待つ実験 ~クリープ試験から』
 https://www.nims.go.jp/publicity/digital/movie/mov150916.html (2019年1月24日アクセス)
2. 九州大学水素材料先端科学研究センター 杉村丈一「HYDROGENIUS-水素エネルギー社会への貢献」
 http://hydrogenius.kyushu-u.ac.jp/cie/event/ihdf2013/pdf/2-7sugimura.pdf(2019年1月24日アクセス)
3. 「太陽熱発電」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』
 https://ja.wikipedia.org/wiki/ (2019年1月24日アクセス)
4. 環境省『平成27年度低炭素社会の実現に向けた中長期的再生可能エネルギー導入拡大方策検討調査委託業務報告書』第2章
 https://www.env.go.jp/earth/report/h29-02/h27_chapt02_1.pdf
(2019年1月24日アクセス)
5. 電力中央研究所報告「定置用リチウムイオン電池の寿命評価方法の開発(2)」
 https://criepi.denken.or.jp/jp/kenkikaku/report/leaflet/Q15013.pdf
(2019年1月24日アクセス)
6. 東京工業大学ニュース「超イオン伝導体を発見し全固体セラミックス電池を開発―高出力・大容量で次世代蓄電デバイスの最有力候補に―」
 https://www.titech.ac.jp/news/2016/033800.html (2019年1月24日アクセス)
東京工業大学ニュース「高出力な全固体電池で超高速充放電を実現」
 https://www.titech.ac.jp/news/2018/042055.html (2019年1月24日アクセス)
7. 岡崎徹「風力熱発電の概要と最新動向」『日本風力エネルギー学会誌』Vol.41, No.2 (2017): 274-279.
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jwea/41/2/41_274/_pdf/-char/en (2019年1月24日アクセス)
8. デロイト トーマツ コンサルティング「平成29年度電気施設等の保安規制の合理化検討に係る調査 風力発電業界の構造調査 最終報告書」
 http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H29FY/000009.pdf (2019年1月24日アクセス)

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ナノテクノロジー・材料ユニット フェロー
小名木 伸晃

小名木 伸晃(おなぎ のぶあき)
 1986年東北大学工学部金属材料学科卒業。パイオニア株式会社および株式会社リコーで光ディスク、蓄電池の開発に従事。2009年~2010年、理化学研究所客員研究員。2017年より現職。ナノテクノロジー・材料分野において技術・社会動向調査および研究開発戦略に関する政策提言の作成に従事。2008年度、薄型光ディスク研究にて映像情報メディア学会優秀研究発表賞受賞。