南極からさぐる宇宙
(2016年10月30日)
可視光で撮影されたきれいな渦巻銀河の写真などを見ていると、銀河はすべて、可視光で見えていると思うかもしれません。しかし実際は、可視光で見える遠方の銀河は1~3割程度にすぎません。銀河の中にあるダスト(固体微粒子)が星から出てくる可視光を吸収するせいで暗くなってしまうからです。では何を観測して見えているかというと赤外線です。光を吸収したダストは暖められて強い赤外線を放射します。そのため、一般に多くの銀河は赤外線の波長域で最も明るく輝いているのです。
ただし非常に遠方にある銀河は、宇宙膨張に乗って我々から遠ざかっています。そのせいで、銀河から放射された赤外線は地上で観測するときにはドップラー効果に類似した効果で波長が長くなり、赤外線と電波の中間にあたるテラヘルツ波やサブミリ波と呼ばれる電磁波となります。したがって、非常に遠方にある銀河は、地上ではテラヘルツ・サブミリ波の波長域で最も明るく輝いて見えるはずです(逆に赤外線では暗くなり見えにくくなります)。ところが、テラヘルツ・サブミリ波は地球の大気中に含まれる水蒸気によって吸収されてしまい、観測が困難です。そのため空気が薄くて水蒸気の少ない高い山の上に望遠鏡を設置することで、サブミリ波はなんとか少し観測できています。しかし、それでもテラヘルツ波の観測はこれまで不可能でした。
このようなテラヘルツ波が地上で観測できる唯一の場所が、南極内陸部の高原地帯です。標高が3000~4000mで平均気温が-50℃以下、冬期の最低気温が-80℃に達する極寒の地なので、大気中の水蒸気は非常に少なくなります。また年間の晴天率が極めて高く、強い風も吹きません。なので、地上に望遠鏡を設置して天文観測を行うには圧倒的に優れた場所です。そこで筑波大学が中心となり、まずはドームCにあるフランス・イタリアの既存のコンコルデイア基地に口径10mテラヘルツ望遠鏡を建設し、将来的には日本が建設する新ドームふじ基地に口径30m級望遠鏡を設置することで、テラヘルツ・サブミリ波帯での宇宙観測の実施を計画しています。これによって、非常に遠方にあって可視光では見えない暗黒銀河の探査が可能となります。それと同時に、生命の源である星惑星系の母体である銀河がいつ、どのようにして誕生し、多種多様な銀河に進化していったかという現代天文学最大の謎のひとつの解明が期待されます。
この計画を実現すべく、今までにない耐寒技術の開発、放射冷却による霜対策、雪上設置法、従来の100倍以上の超広視野を実現する望遠鏡技術などの新規開発を行いつつ、南極天文学の開拓を進めています。
中井 直正(なかい なおまさ)
国立大学法人筑波大学数理物質系・教授
専門は電波天文学で、銀河やブラックホールなどの観測的研究を行っています。