[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

多世代・多様な人々で創り出す持続可能な社会

(2019年8月15日)

1.はじめに
 社会技術研究開発センター(以下、RISTEX)では、2014年度より、研究開発領域「持続可能な多世代共創社会のデザイン」(領域総括:大守隆 元内閣府政策参与/元大阪大学教授)を開始しました。本年度(2019年度)は、本研究開発領域(以下、本領域)の最終年度となります。本稿では、領域の背景や目標、及び実際の研究開発プロジェクトの取り組み事例をご紹介いたします。 

 

2.本領域の背景と目標
 近年、日本は人口減少、少子高齢化、エネルギー問題、経済の停滞に伴う財政赤字など厳しい状況に直面しています。特に、都市や地方に暮らす人々の生活環境に目を転じると、経済、インフラ等の機能の維持や生活水準、生活の質を含めた持続可能性がますます重要な課題となることが予想されます。
 そこで、本領域では、子どもから高齢者まで多世代・多様な人々が活躍するとともに、将来世代を見据えて持続可能な都市・地域を、世代を超えて共にデザインしていくという研究開発を推進しています。
 本領域では、以下の3点の目標を掲げています。
 ① 多世代共創が持続可能な都市・地域デザインにとって、どのように有効かを明らかにする。
 ② 多世代共創が有効と考えられる分野に関して、多世代共創を促す仕組みを提案し、試行・
   改善を行う。
 ③ そうした仕組みが社会に実装されていくようにするとともに、知見の交換を行うネットワー
   クを構築する。
また、本領域のとりまとめに向けて、リサーチクエスチョンを設定し、随時、問いと答えを見直しながら、研究開発の推進に役立てています。

 

3.研究開発プロジェクトの紹介
 ここでは、本領域の16プロジェクトの1つ、「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」(研究代表者:大塚耕司 大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科 教授)をご紹介します。

(1) 本プロジェクトの背景
 かつて、「魚庭の海」と呼ばれていた大阪湾は、高度成長期時代の沿岸開発による埋め立てや公害による汚染の深刻化によって、1970年代には「死の海」とも呼ばれていました。その後の環境施策によって水質環境は改善したものの、かつてのイメージを取り戻すまでには至っていません。また、近年では、漁業者数の減少と高齢化によって、漁業の持続可能性が危ぶまれている状況にあります。
 従前から、大阪湾の水質改善に取り組んできた大塚教授の研究開発プロジェクト(以下、大塚PJ)は、2016年に本領域のプロジェクトとして採択されました。

(2) 多世代共創の仕組み
 大塚PJでは、阪南市をモデル地区として研究開発を推進しています。取り組みにあたって、生産、漁獲、流通、消費といった一連のプロセスを総合的にプロデュースし、それらを環境面・経済面・社会面から包括的に評価して、政策提言に結びつけることを目標としています。そのため、プロジェクト統括である大塚代表の下に、4つのサブグループを設け、相互に連携をとりながら活動を推進しています。以下で、各グループの活動を一部ご紹介します(図表1)
 ① 生産・漁獲グループ:栄養骨材を用いた実海域実験、イイダコの伝統漁法体験イベントの
   開催
 ② 流通グループ:魚の鮮度保持実証試験、小口顧客へのインターネット販売(サイバーマル
   シェ)、モニターへのアンケート調査
 ③ 消費グループ:環境教育・魚食に関連した体験イベント、多世代協働型レシピ開発
 ④ 評価グループ:環境面・経済面・社会面の包括的評価指標の開発

図表1. プロジェクト全体の概念と各活動の位置づけ(出典:平成29年度研究開発実施報告書)

 

(3) プロジェクトの主な成果
・ 栄養供給骨材による、漁場環境改善の手法としての可能性を見いだした。
・ サワラを用いた鮮度保持実験により、スラリー氷の鮮度保持効果を科学的に示した
   (図表2)。
・ 魚の鮮度や生態データ、レシピをセットで情報発信し、ネット販売するシステムを
   開発した。
・ 高校の調理部が開発した新レシピによる料理が漁業組合との連携で商品化された。
・ 魚食イベント(HANNANキッチン、親子料理教室)への参加により、大阪湾産魚介類
   への関心が2倍以上高まることがわかった(図表3)。

図表2.実験の様子(出典:平成29年度研究開発実施報告書)
図表3.HANNANキッチンの風景 (出典:平成29年度研究開発実施報告書)

 

 

 

 

 

 

 

 本領域のプロジェクトによる研究開発活動には、行政、市場、コミュニティなど多くの関係者との協働が重要になります。実際に大塚PJでも、自治体、営利・非営利企業、漁業関係者、小学校・高校、地域コミュニティなどが活動に協力してくれています。このように多世代・多様な人々や団体などと連携することによって、多彩な知識や技術を動員することが可能となります。
 魚庭の海の再生は、大塚PJに関係する方々共通の想いです。一方で、関係する方々はそれぞれ異なるバックグラウンドを持っています。従って、PJに期待することは少しずつ違いがあるかもしれません。例えば、小学校であれば、食育や環境学習などの機会として活用したいといったことが考えられます。そこで、PJでは関係する方々が期待することを実施計画に取り込むことなどを通じて、連携を持続させながら、最終的に社会課題の解決に結びつけていく工夫も必要となります。
 多世代・多様な関係者や参加者とのネットワークを構築しながら、研究開発モデルを進化・発展させている大塚PJの例は、多世代共創の取り組みを考えるにあたって、大いに参考になるのではないでしょうか。

 

4.おわりに
 今回は大塚PJの事例を中心にご紹介しました。本領域の16プロジェクトには、多様性にあふれる革新的な取り組みが多く存在します。本領域は本年度をもって終了しますが、多世代共創の活動は今後も推進が期待されます。本領域の詳細や各プロジェクトの詳細や成果は、Webサイト(https://www.jst.go.jp/ristex/i-gene/index.html)や冊子を通じて発信してまいります。皆様の多世代共創に対する理解や、地域社会における取り組みを考えるにあたっての一助となれば幸いです。

 

 

科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)
主任調査員  丸山 康之

 

 

丸山 康之(まるやま やすゆき)
・食品メーカーにて、商品マーケティング、広告業務に従事
・2018年11月より現職