平成29年度科学技術予算案の「ここに注目」
(2017年1月15日)
昨年12月22日に平成29年度政府予算案が閣議決定されました。予算として成立するためには、今後、国会における審議が必要ですが、政府案をベースに科学技術関係の注目点を見てみましょう。
まずは、全体予算のポイントとして、「経済再生」と「「財政健全化」が掲げられています。これは、当然のことといえるかもしれませんが、その経済再生の柱の一つに「科学技術振興費の伸長」が明示されています。これまでの予算の重点として科学技術が取り上げられたこともありますが、「伸長」という言葉が掲げられたことは、大変注目すべきことです。この考え方に従い、具体的には、科学技術振興のための予算として1兆3045億円(前年度比0.9%の増)が計上されました。社会保障関係費などに大きな増加が必要な中、予算全体の伸びを上回る伸び率が確保されたことは大きな意義があることです。これからの日本の社会経済がどのような流れになっていくのかについては、いろいろな見方があると思われますが、ほとんどすべての社会経済活動に科学技術がかかわってくることは必至です。この観点から、科学技術振興への投資が政府全体の重点分野の一つに取り上げられたことは、未来に向かう歩みが大きく期待できます。とはいっても、政府全体の予算規模(97兆4547億円)からみると1.3%で、まだまだ伸ばすことが必要だとは思われます。また、我が国全体の研究開発投資の約8割を占める民間投資と政府の研究開発投資がうまく連携して進められることが重要で、29年度予算案においても、特に、民間投資を一層引き出すという方針が示されていることは注目されます。
予算案に盛り込まれた科学技術振興の事項の中で、「つくば」に関係する(しそうな)注目点をいくつかピックアップしてみます。
まずは、イノベーション推進です。大学や研究開発法人、産業界が、新産業創造に連携して取り組むためには、シーズ中心からニーズ中心の研究開発、他にはない特徴を持った技術開発の推進が有効です。注目点は、文部科学省「地域イノベーション・エコシステムの形成」プログラムです。このプログラムは、28年度に比べ大きく増額され、約47億円の計上がされています。イノベーションは、今後一層のグローバリゼーションが進む先端科学技術に基づく社会経済活動に大きな影響を与えるもので、経済産業省、農林水産省、国土交通省なども重点事項として掲げています。また、ハイリスク・ハイインパクトな研究開発を推進するためのプログラム(未来社会創造事業)も開始されます。元来研究開発は、未知の世界の探索なのでハイリスクなものではありますが、今回のプログラムは、経済社会へのインパクトが大きい出口を明確にして、そこから研究開発を組み立てるというやり方です。このプログラムへは、30億円が新規に計上されています。このほか、それぞれの省において、ナノ材料技術、AI・ロボット技術、次世代ロケット技術開発、自動走行システム開発等の経費が強化されています。
次世代を見据えた基礎的研究開発のための経費にも配慮されています。注目されるのが、科学研究費補助金(いわゆる科研費)の規模が、当初予算額ベースで2,284億円と前年度を上回ったことです。過去数年間減少あるいは前年同であった科研費の増額は、研究者の創造性が十分活かされる研究開発に対する大きな期待の表れといえます。
科学技術の進展のためには、研究者・研究機関の優れた活動とともに、その活動を理解し、結果を実際の社会経済活動のなかに適切に受け入れていく社会構造が不可欠です。第5期科学技術基本計画に基づく予算の実質第1年目である平成29年度予算案が全体として増額され、内容も未来への投資が明確に示されている一方、社会・コミュニティと科学技術振興や理解増進との関係に着目したプログラムにやや不透明感がある気がします。ただ、これはそれぞれの施策の中でこなしていくべきことであるという感もありますので、平成29年度も「つくば」において、研究機関、大学、民間機関、関連自治体・団体が率先・連携して他のモデルになる事業に取り組み、科学技術を中心としたコミュニティ形成によりイノベーション創出の成功事例を蓄積していくことが大切であると感じます。
田中 敏(たなか さとし)
平成27年1月文部科学省退職後、平成27年7月より公益財団法人つくば科学万博記念財団理事長(兼つくばエキスポセンター館長)。
科学技術の振興および、つくば地域に貢献する科学館を目指し、連携機関との連絡調整に日々努めている。