[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

情報技術が支える計測の新潮流

(2020年3月15日)

 私たちの日常生活・社会活動のいたるところで計測技術が使われています。例えば、時計で現在の時間を知ったり、スマートフォンの地図アプリで自分の現在位置を確認したり、店舗で購入品の品名・価格等がバーコードから読み取られたり、顔認証や指紋認証によって本人確認が行われたりと、さまざまな活動が計測技術に支えられています。また、「計測は科学の母」(Mother of Science)と言われるように、計測技術の発展は科学技術の発展に大きく貢献してきました。例えば、核磁気共鳴画像法、CCDセンサー、超解像度蛍光顕微鏡をはじめ、計測技術に関わる数々の研究成果がノーベル賞を受賞しています。

 本コラムでは今回、情報技術(IT:Information Technology)と計測技術の関わりという面から、計測技術の発展を俯瞰してみたいと思います。

 

ソリューションビジネスから見た計測

 ビジネス面に目を向けると、情報技術の活用によって「モノ売り」から「コト売り」へと価値提供の形が変わってきたと言われます。計測技術の発展は、既存の計測機器の性能を向上させたり、新しい機能を持った計測機器を生み出したりといった形で、「モノ売り」ビジネスに直接的に貢献してきました。この形の貢献は続く一方で、主流となってきた「コト売り」ビジネスにおいても、計測技術は重要な役割を果たしています。「コト売り」ビジネスは、情報技術を活用することで、顧客課題・社会課題の解決や顧客体験・顧客価値の向上を実現するソリューションビジネスです。そして、これを実現する枠組みに、昨今、ビッグデータ×人工知能(AI)技術が活用されています。これは次のような3ステップから成ります(図1)。

1. 実世界からセンシングによってビッグデータを収集

2. ビッグデータをAI技術によって分析

3. 分析結果に基づきアクションをプランニングして実世界にフィードバック

 このような枠組みにおいて、計測技術はステップ1のセンシングに対応します。全体からすると、計測技術が貢献するのは一部分であって、計測技術だけで課題解決や価値創造が完結するわけではありません。しかし、センシングはこれら3ステップの出発点であるため、実はビジネス競争力の源泉になり得ます。つまり、優れた計測技術を持っていれば、従来/他者よりも早期に予兆を捉まえることや、従来/他者には見えなかったものを見ることが可能になるのです。

 

情報技術がもたらした計測の高度化・多面化

 一方、ビッグデータ×AI技術をはじめとする情報技術は、計測の発展に大きく貢献してきました。図1では、この貢献を4つのタイプに整理しました。また、図2には、それらの事例を挙げました。以下、4つのタイプを順に説明していきます。

 1つめは「物理量計測の高性能化」で、図1ではセンシングのステップに相当します。元来、計測技術の中心は物理量の計測にあります。その物理量計測に情報技術を組み合わせることで、より高精度な物理量の計測や、より効率の良い計測が可能になります。画像解析・機械学習によるカメラ画像の高解像度化がわかりやすい例です。なお、この物理量計測を「狭義の計測」とみなすならば、以下(2つめ以降)は「広義の計測」と呼ぶこともできるでしょう。

 2つめは「意味的計測」で、計測した物理量に意味を与えるものです。図1では、センシングと分析ステップを組み合わせたものに相当します。カメラ映像解析による不審者・不審行動の検知や、医療画像解析による病状診断など、計測技術が社会で広く使われる際には、物理量計測そのままの形ではなく、この意味的計測の形をとることが多くなります。

 3つめは「自律的計測」です。図1では、センシングから分析・プランニングまでを一塊としたもので、物理量を計測・分析し、次のアクションのプランニングまで行います。例としては、移動しながら見るべき所を決める適応的・自律的センシングや、実世界への作用とその結果の計測を繰り返す自動運転やロボット制御が挙げられます。

 4つめは「社会計測」で、実世界ビッグデータから人間を含む社会の状況・状態を定量的に把握する計測技術です。サーチエンジンの検索語の分析によるインフルエンザの流行時期・エリアの把握や、建設機械の稼働状況分析による市場動向や建設機械の需要予測などが挙げられます。ここでは、その計測対象は必ずしも物理量だけに限りません。ときには、人間をセンサーのようにみなし、ソーシャルメディア(SNSなど)に書き込まれる人々の意見・心情といったものも取り込み、社会を多面的に観測します。

情報技術を活用した計測の今後の方向性

 わが国が目指すSociety 5.0や、国連が示した持続可能な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals)では、より大規模で複合的な社会課題の解決に取り組んでいかねばなりません。それを支えるためには、計測技術の高度化×多面化×広域化によって、社会の状況・状態を広く深く早く把握できるようにすることが求められます。図3に、その全体観とそれぞれの方向性を支える要素技術の例を示しました。

 このような方向性で計測技術そのもののさらなる発展が期待される一方で、プライバシー保護への対応の必要性がますます高まります。計測技術が高度化×多面化×広域化の方向へ発展すれば、その対象に含まれる人間の行動も精緻にトレースされてしまうという不安が高まります。計測対象に人間の行動が含まれる場合、ビッグデータ解析においてプライバシー保護への対応は不可欠です。

 さらに、社会計測の結果を社会課題の解決につなげるためには、社会計測に基づいた社会システムの評価・改良サイクルの実現が必要です。そのプロセスを適切に設計し、運用していくための研究開発も重要性が増していきます。

 

参考資料

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
システム・情報科学技術ユニット フェロー
福島 俊一

 

福島 俊一(ふくしま としかず)
1982年東京大学理学部物理学科卒業、NEC入社。以来、中央研究所にて自然言語処理・サーチエンジン等の研究開発・事業化および人工知能・ビッグデータ研究開発戦略を担当。工学博士。2005~2009年NEC中国研究院副院長。2011~2013年東京大学大学院情報理工学研究科客員教授。2016年4月から科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー。2015~2017年人工知能学会理事、2018年~人工知能学会監事。1992年情報処理学会論文賞、1997年情報処理学会坂井記念特別賞、2003年オーム技術賞等を受賞。