[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

新しい農研機構 ―研究開発力を結集する―

(2016年10月01日)

農研機構男女共同参画マスコット「おむすびなろりん」

 農研機構(正式名称:国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)は、この4月に国立研究開発法人 農業生物資源研究所(生物研)、同 農業環境技術研究所(農環研)、独立行政法人 種苗管理センターの3法人と統合しました。これまでも農研機構は、わが国最大の食と農に関する試験研究機関でしたが、今回の統合でバイオテクノロジーや遺伝資源事業から農に関わる環境研究まで研究開発の守備範囲を広げ、種苗の増殖・配布という直接的な成果普及まで実施することになります。これからの研究業務を進めていく上で、国立研究開発法人として研究開発成果の最大化を図り、社会に貢献することが最重要課題です。そのためには、今回の統合を生かす統合効果(シナジー)を発揮することが重要であると考えます。このような視点から統合について紹介します。

 生物研との統合効果として、農研機構が進めてきた作物開発研究と生物研がリードしてきたゲノム研究を結びつけるため、新しく「次世代作物開発研究センター」を設置しました。多くの作物で塩基配列の解読が進み、有用形質の遺伝子が明らかになっています。米の食味や小麦の製パン特性もDNAマーカーで選抜することが可能となり、育種の加速と効率化が可能になっています。例えば、これまで米の食味は、稲を栽培し、籾を収穫し、脱穀・精米し、炊飯し、試食して初めて評価・選抜できました。それが、苗の段階で選抜が可能となります。果樹では選抜の対象となる果実が収穫できるまでに数年かかりますが、育種年限の短縮と栽培面積の縮減が可能です。このようなゲノム研究に基づいてDNAマーカーで選抜する育種をゲノム育種と呼びますが、次世代作物開発研究センターが中心となって、ニーズに沿った作物開発を加速するゲノム育種に取り組んでいます。また、DNAマーカー選抜で都道府県や民間の育種を支援することや、これまでにない特性を持つ育種素材を開発することも農研機構の重要な使命です。

 農環研との統合では、地球温暖化等環境変動への取り組みを強化します。青森県と長野県との共同研究で、リンゴの「ふじ」で過去30~40年間に酸含量が低下し糖度が上昇した(甘くなった)ことが明らかになりました。温暖化が進む中で、登熟期の高温による米の品質低下や暑熱環境での家畜の繁殖率の低下など、農業生産でも問題が生じつつあります。一方、農業は温室効果ガスの排出源にもなっています。そこで、農研機構で新設した「農業環境変動研究センター」が中心となって、温暖化の作物生産への影響を予測・評価すること、温室効果ガスの排出削減などの緩和技術や、温暖化を克服する適応技術の開発を一体的に進めています。また、農業生産活動と生物多様性等の環境保全を両立する総合的な取り組みも可能となりました。病害虫に強い作物を作付することや害虫の天敵を有効に利用することなどの総合的病害虫管理(IPM)により、生物多様性を維持・向上することが可能です。トンボやホタル、ゲンゴロウやタガメが生息する豊かな生物多様性を持つ農村環境を実現する研究開発は、付加価値の高い作物の生産などを通じて地域の活性化に貢献できると思います。

 種苗管理センターは、種苗法に基づく品種登録に係る栽培試験や品種保護対策、種苗の検査を行うとともに、バレイショやサトウキビの原々種生産・配布を行っています。これからは農研機構の内部で研究部門との連携を強化し、品種鑑定や種苗検査技術を向上するとともに、果樹を始め農研機構が育成した品種を増殖するなど成果普及の加速に貢献します。

 食と農に関する研究開発は、川上の生産現場から川下の消費までフードチェーンシステムとしての総合的な取り組みが重要です。農研機構は、今回の統合で総合的な研究開発力がさらに向上しました。食と農に関する先導的・基盤的・中核的な研究開発機関として、オールジャパンでの研究開発力の結集を目指します。

                            農研機構 理事長 井邊時雄

井邊 時雄(いんべ ときお)
(略歴)
昭和51年 農林水産省入省(九州農業試験場研究職)
平成 2年 農林水産省農林水産技術会議事務局研究調査官
平成5年~10年 国際稲研究所(IRRI)に派遣
平成20年 農研機構九州沖縄農業研究センター所長
平成26年 (統合前)農研機構理事長
平成28年 4月より現職