[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

新たな研究を拓く、機器開発のエコシステム

(2021年9月15日)

 研究において、人と資金、技術やノウハウといった知見が必要であることは言うまでもありませんが、分野や領域によっては、「機器」の存在が欠かせない研究があります。今回はそんな「研究機器」に注目してお話したいと思います。

 

サイエンスをリードし、産業を創出する

 研究機器と聞いたとき、何をイメージしますか? 実験装置やコンピューターが代表的でしょうか。最近の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関わる研究では、感染リスクの計算や飛沫シミュレーションを行うために、スーパーコンピューター「富岳」が用いられました。スパコンや放射光施設のようないわゆる大型施設(建設費用は数百億円)を用いて得られたデータや研究成果は、メディアで取り上げられる機会が多く、様々な場所で話題に上っています。これら大型施設に限らず、研究開発を行う上で重要となるのが、研究室で使用する電子顕微鏡や分析装置、半導体の微細加工装置といった中規模(一千万円から数億円規模)の「計測・分析機器」や「加工・プロセス機器」です。これらの研究機器は、特定の研究開発用に開発した装置が、開発が進むにつれて、一般に広く利用できる機器として実用化されて行きます。研究現場では、開発・販売されて間もない最先端の研究機器を、迅速に利用できることが常に求められ、その結果として最先端の研究領域に新たな一歩をもたらしています。研究という用途だけでなく、例えば電子顕微鏡は、工場などにおける製品の検査装置としても活躍しています。また、ライフサイエンス研究の基盤を支えるDNAの増幅技術は、PCR検査でも利用されています。このように開発当初は先端研究に用いられる技術が、幅広く応用され普及することで、産業も発展して行きます。

 しかし近年の日本では、研究機器の多くを海外からの輸入に依存する傾向にあり、研究の現場でも諸外国から年単位で遅れて導入するケースが増えています。この背景の1つに、研究機器の世界市場は米国の企業が圧倒的なシェアを持つことが挙げられます(図1)。

図1 計測・分析機器および加工・プロセス機器の企業国籍別シェア

 

 日本から最先端の研究成果を創出するには、最先端の研究機器を「使える」ことと同時に、新たな研究機器に搭載されるような新技術を「開発できる」環境も整っていることが重要です。研究機器開発に取り組むには、新しい技術の種を生み出すアカデミアと、その技術を育てて研究機器として製品化し、販売を行う機器メーカーの連携が欠かせません。新技術の種を創出する大学や公的研究機関では、国際的にトップレベルの研究開発に取り組むことが求められます。一方、機器メーカーでは、製品化した機器が世界に広く普及してビジネスが成立しなければ、新たな研究機器を作ろうという気になりません。

 技術開発を担うアカデミアとメーカーの連携に加え、新たな研究機器を必要とする研究の現場と、研究機器を開発し実用化する企業との間で、目的の重なりや活動の接続、共同を見出すことが必要と考えられます。研究の現場で最先端の研究成果が生まれることが、そのときに用いた研究機器の新たなユーザーを呼び寄せるきっかけとなります。さらにその新たなユーザーの研究課題・ニーズを取り込みながら次世代研究機器の製品化を実現することで、世界の研究現場へ次世代器の普及が進む、そんな「研究機器開発のエコシステム」が必要です。

 

研究機器開発のエコシステムをどうつくるか

 大学などから生まれるオンリーワンの技術やそれを搭載した研究機器は、当初はユーザーが広がりません。より多くのユーザーニーズに応える機器として製品化するためには、ユーザーの声を聴きながら開発を進める必要があります。開発の初期段階でユーザーからのフィードバックを得られる場として、研究機器の「利用」に特化して取組を行ってきた共用拠点の適用を考えてみたいと思います。日本の大学における厳しい財政状況や、人材が集結し連携する場の重要性が高まったことを背景に、政策的に研究機器を共用する仕組みの整備が進んできました。大学や公的研究機関が運営する共用拠点には、研究開発課題を持つ産学のユーザーが広く利用できる研究機器が導入されています。研究機器を共用するという文化が徐々に広まってきたことで、機器を「使える」場への認知度も上がってきました。こうした共用の場と、研究機器を開発する活動との連携を進めることができれば、いずれ世界に広く普及するような研究機器を開発することも可能になるのではないでしょうか。共用拠点とは、高額な研究機器を自前では保有できないけれど利用したいというユーザーと、そのユーザーが抱える研究開発上のニーズがたくさん集まる場所です。また、研究者だけでなく、ユーザーのニーズに応じて研究機器の性能を最大限に引き出すことのできる、スキルやノウハウを持った技術者も集まっています。

 このような共用の場と、新技術開発を指向する研究者や、産学連携で行う機器開発の場が隣り合って存在することで、新たな機器を市場に投入する前に、試作機の段階で先行的にユーザーのニーズを収集することも可能となります。また、メーカーにとっては、共用の場を新製品のショールームとして活用でき、潜在的な顧客の獲得に繋がることが期待できます。ユーザー視点でも、自らの研究課題に適した新技術・次世代機開発を検討することや、実用化されればいち早く利用の機会を得られる可能性が高まります。アカデミアと機器メーカーの両者が、相互にフィードバックを得ることで、産学連携による研究機器開発が一層促進します。そしていずれは、開発した機器が広く普及し産業が成長し、そこからの利益をさらなる次世代機開発の原資に還元することで、研究機器開発のエコシステムが形成できるのではないでしょうか。

 

開発のエコシステムを担う人

 共用拠点と隣接した場で研究機器開発を実践することは、技術系人材にとっても好機となる可能性があります。機器共用を担う技術系人材の多くは、既存の研究機器を使ってユーザー研究者を支援することを業務の中心としています。しかし、技術系人材のキャリアパスやスキルアップの機会は限定されていたり、評価や処遇の点でも課題があるとされます。共用拠点と隣り合った場で機器開発が行われるようになれば、技術系人材の仕事の可能性が広がることが期待されます。将来的に機器メーカーへの就職や、研究者のポストに挑戦することなど、複線的なキャリアパスを検討することも可能になるかもしれません。高度な技術に携わる人が所属をより自由に選択したり、多様なキャリアパスを描くことのできる場としても機能する、そんな研究機器開発のエコシステム形成が課題です(図2)。

図2 研究機器開発エコシステムの検討

 

【参考資料】

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 調査報告書「研究機器・装置開発の諸課題 -新たな研究を拓く機器開発とその実装・エコシステム形成へ向けて-(-The Beyond Disciplines Collection-)」(2021年3月)

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)

企画運営室 フェロー

魚住 まどか

魚住 まどか(うおずみ まどか)

京都工芸繊維大学大学院バイオベースマテリアル学専攻修了。自然科学研究機構分子科学研究所、物質・材料研究機構を経て2019年より現職。分野横断的な検討が必要なテーマの調査に携わる。