新材料開発の鍵は物質に働く「力」
(2018年2月01日)
■材料への期待と相反する機能の要求
経済発展と社会的課題の解決を両立する新たな社会「Society5.0」の実現に向けて、基盤技術としての材料には多様な機能を果たすことが期待されています[1]。例えば環境対策としてのCO2排出低減の課題に対しては、自動車や航空機、鉄道などの輸送機器における燃費向上が解決策の一つですが、その実現には機器の軽量化が有効です。機器の安全性を確保しつつ軽量化を図るために、構成する材料(構造材料)には軽くて強いという相反する機能が求められます。さらに曲げや切削といった加工が難しい材料では製造の効率が落ちるため、強くても加工しやすいことが必要です。そのほかにも、機器を組み立てる際の接合に使われる接着材料には、組み立てのときには強くつき解体するときには簡単に剥がれる、あるいは自動車のタイヤには、ブレーキが利いて(地面とよく接して)かつ燃費も良く(タイヤが転がる抵抗は小さく)、といった具合に、相反する特性を併せ持つ新たな材料の開発が必要になっています。ここで挙げた例はいずれも「強い」、「壊れにくい」、「摩擦」といった「力」に関係したもので、最近この「力」に対して新たな機能を持つ材料の研究開発が進んでいます。
■「力」に関係する新材料の登場
軽くて強い材料の代表的なものとしては炭素繊維強化プラスチック(CFRP)があります。Boeing社の航空機787型機では使用されている構造材料の50%がCFRPです。これは軽量なプラスチックと高強度な炭素繊維を組み合わせて軽くて強い材料を実現したものですが、さらに高強度かつ高温でも使えるように材料開発が進められています[2]。
接着力と剥がれやすさを両立する接着剤としては、光で剥がせる接着剤があります。100℃まで強い接着力を発揮する一方で、紫外線を照射すると数秒で剥がすことができます。この接着剤は強い凝集力を持った液晶分子で構成されており、紫外線を当てることで分子の形が変化し液晶構造が崩れることで接着力が低下する、というものです。
機械的刺激によって生じた小さな損傷を自ら修復してしまう、自己修復(治癒)材料というものもあります。分子の可逆な結合(イオン結合や水素結合など)を利用したものや、あらかじめ修復のための材料を仕込んでおくタイプのものなどがあります。
このように「力」をキーに機能を発現する材料をCRDSでは「メカノファンクショナルマテリアル」と名付け、これまでの構造材料、機能材料の枠組みを超えた新たな材料の開発コンセプトとして注目しています[3]。
■ナノとマクロを繋いだ新たな材料設計の可能性
これらの材料は、分子/原子スケール(ナノスケール)の変化が、より大きなスケール(マクロスケール)の材料特性として表れているものです。材料のマクロスケールでの「力」の問題はいわゆる材料力学として、変形や破壊について学理が構築されています。一方でナノスケールでの「力」についても、分子・原子の結合や相互作用についての学理が構築されています。しかし、実際の材料ではナノスケールの挙動の理解がそのままマクロスケールの挙動の理解にはつながらず、またその逆も然りです。
材料は一般にナノスケールからマクロスケールにわたった階層構造を持つことが多く、金属や無機材料など規則的な構造を持つ材料では構造制御の学理構築が進んでいる一方で、高分子などのいわゆるソフトマターと呼ばれる材料はナノスケールとマクロスケールの中間のスケールの構造は複雑でその学理は未成熟です。新たな機能を持つ材料の開発にはナノスケールとマクロスケールの力学をつなぐ、いわばトランススケール力学による材料の理解が必要になっています。
メカノファンクショナルマテリアルの実現には、ナノからマクロまでの各スケールでの現象解明はもちろんのこと、階層構造と関連付けて理解するための計測・分析技術、マルチスケール・マルチフィジックスのシミュレーション技術の確立とデータ科学の活用が不可欠になるでしょう。
【参考資料】
[1] JST CRDS 研究開発の俯瞰報告書「ナノテクノロジー・材料分野(2017年) 3.4 社会インフラ応用」http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-05/CRDS-FY2016-FR-05_09.pdf
[2] 例えば、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)革新的構造材料など。
http://www.jst.go.jp/sip/k03.html
[3] JST CRDS科学技術未来戦略ワークショップ「メカノファンクショナルマテリアル」
(平成29年12月21日開催、後日報告書公開予定)
科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ナノテクノロジー・材料ユニット
伊藤 哲也
伊藤 哲也(いとう てつや)
1999年東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程修了(博士(工学))。JSTプロジェクト研究員、大学発ベンチャー企業、大学研究員を経て科学技術振興機構入社。シーズニーズマッチング等の産学連携・技術移転支援事業、産学連携ファンディング事業を担当。その後、産学連携を中心とした科学技術イノベーション政策の調査分析を担当し、現職。