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ここに注目!

海底のさらに下にすむ小さい小さい生き物たち、泥の中の微生物たちは飢餓状態を耐え忍ぶ
(JAMSTEC高知コア研究所 諸野 祐樹)

(2023年8月15日)

 もし、あなたがクローゼットや押し入れに閉じこめられて、食べ物を与えられなかったらどうなりますか?最近は一日10~15時間ほど、断続的に断食を行うファスティングという健康法が人気のようですが、1億年もの間、絶食状態に置かれるのはどうでしょうか?最近の研究で1海底のさらに下、海底下に存在する微生物が1億年もの間、ほぼ絶食状態にあったにもかかわらず、実験室で復活し、増殖したことが報告されました。

 

 不毛で荒涼としているように見える海底、その下、泥や石の中深くには、地球上に存在する微生物の数十パーセントが埋もれていると考えられています。その生態系は、太陽光によって間接的に支えられており、海面付近で光合成を行う植物プランクトンの死骸などで構成されるマリンスノー(海の中でゆっくりと沈んでいく様子から海の雪、マリンスノーと名づけられました)は、海底および海底下の微生物にとって主要な栄養源です。しかし、地球上の全海洋で最も植物プランクトンの密度が低い南太平洋の中心、南太平洋環流域(SPG)の海底では、降り積もるマリンスノーの量も少なくなってしまうため、微生物が利用できる栄養分が最も少ないゾーンとなります。 「このような栄養に乏しい環境で生命が存在できるのか」という疑問に答えるため、2010年に統合国際深海掘削計画(IODP)の掘削航海がSPGにて行われました。

 

アメリカの掘削船「ジョイデス・レゾリューション」 Photo courtesy of IODP-JRSO

 

 海底を掘るアメリカの掘削船「ジョイデス・レゾリューション」によって、水深が5,000メートル以上の深海底から海底下の地層試料を採取しました。海底下の地層(堆積物)の主成分は、絶えず降り積もるマリンスノー、風や海流によって運ばれる粒子です。深ければ深いほど、堆積物は古い。ゆっくりと、しかし絶え間なく堆積物が蓄積しているため、1億年も前に形成された海底下堆積物を得ることもできます。そのような堆積物を掘削して得られた試料を観察してみたところ、堆積物の中には比較的少ないものの、微小な生き物、微生物が存在していることが分かりました。一方、この微生物が存在していた堆積物は、微生物の栄養源となる有機物がほとんど存在せず、非常に細かい(~1マイクロメートル、マイクロメートルはミリメートルの1/1,000)粘土の粒子で構成されていることが分かりました。計算してみると、泥の中では粒子がみっちりと詰まっており、隙間も非常に細かく、微生物の大きさよりも狭いほどでした。だとすると、堆積物の中にいた微生物はどのような状態になるのでしょうか?隙間が狭いことを考えると、微生物は一旦堆積物中に閉じ込められると、元の位置から動けなくなり、捕捉されると考えられました。

 

 動けず、栄養源もない。押し入れに閉じ込められて、食べ物を与えられないのと同じような状態になったまま1億年もの年月が経過した微生物は「生きて」いるのでしょうか?微生物たちが既に死んでしまった化石なのか、それとも現在も生きている生命なのかを確かめるため、私は堆積物の中の微生物にエサとなる有機物を与えるための準備をすることにしました。海底の水温は1℃前後。堆積物の深度が深くなるにつれて水温は上昇するものの、最深部では6℃前後と予想されました。これに対して、掘削船の実験室は25℃くらいです。この温度は堆積物中の微生物にとって快適な温度ではないはずだと思い、私は、船底にある低温室で何時間も(時には1日10時間以上)実験の準備をしていました。船底の低温室は冷たく閉ざされた空間で、一人で作業することも多くありました。芯から体が冷え切ってしまいましたが、それだけでなく、海底下にいる微生物の気持ちが少しだけ分かるような気分がしたものです。

 

船底にある冷蔵室内で作業していると、冷たく・孤独な環境で生きる微生物はどんな気持ちなんだろうと思ったものでしたが、とにかく寒かったことが一番記憶に残っています。。。©JAMSTEC

 堆積物の中には栄養分が殆ど無いため、微生物は生きているとしても、休眠状態に近く、容易に復活することはないだろうと考えていました。しかし、約1億150万年前に形成した堆積物の中にいた微生物は、培養開始から21日以内に栄養塩を取り込み始めました。68日が経過すると、細胞は元の濃度の10,000倍以上に増加し、細胞が一回分裂するためにかかる平均の時間は約5日だということがわかりました。これは、以前に同じ方法で調べた日本の下北半島沖の無酸素堆積物の微生物より平均34倍速いものでした。下北半島沖の海底下には有機物が豊富に存在し、SPGの海底下よりも活性の高い微生物が多く存在すると考えていたため、この結果は全く予想していなかったものでした。

 

 こんな予想外の結果が出てからしばらくの間、これは本当なんだろうか?何かミスをしたのではないだろうか?と心配になりました。しかし、実験の各段階を注意深く検証した結果、実験的な誤りは無いだろう、ということが分かり、論文として2020年に発表するに至りました。

 

 この仮死状態にも近いと考えられる微生物の状況はどのようにして可能なのでしょうか?2000年には2億5千万年前に形成したとされる塩の結晶からバクテリアが復活した、という論文が発表されて大議論が巻き起こりました(塩の結晶の中で微生物細胞が完全に隔離された状態で生き続けることは理論的に不可能なはずだ、という議論だった2)、すべての生物は、その身体と構成要素を維持するために一定量のエネルギーを必要とします。例えば、遺伝物質であるDNAや体の中で様々な機能を果たすタンパク質は細胞内で比較的不安定な分子であり、修復されなければ時間とともに分解してしまいます。SPG堆積物は塩の結晶と異なり、外界と完全には隔絶されていませんでした。微生物が地質学的な時間閉じ込められたとはいえ、酸素などのような水溶性分子がゆっくりと拡散によって運ばれることが可能な狭い流路が残っていました。また、極めて少量ではありましたが検出可能な有機物が存在し、微生物がエネルギーを獲得することも出来ました。つまり、総合すると、SPG堆積物から復活した微生物は飢餓状態にあったが、完全な絶食状態ではなかったと言えるのです。

 

海底下で生き延びる微生物の模式図、海底下では身動きできず、上から新しい堆積物が積もって海底下深くなるにつれて栄養が乏しくなり、生死の境目「ギリギリ」に。でも生きている、どんな気持ちなのでしょうか? ©JAMSTEC

 

 しかし、利用可能なエネルギーは極めて乏しい状態にありました。3計算によると、SPGの海底環境で利用可能なエネルギーは、それまでに知られている生命維持のための最低エネルギーより少なくとも2桁低いものでした。最新の研究では4、世界中の海底下にはさらに得られるエネルギーが低い環境で微生物が存在している場所も存在することが明らかになってきました。これまでの生物学の知識からは、こんな極超低エネルギー環境で、微生物がどうやって自らの体を維持することができるのか、説明がつけられません。しかし、このような環境から生きた微生物が復活したことから、超省エネルギーで微生物が生き延びる何らかのメカニズムが存在することを示しています。どうやってそんなことが可能なのか、生物の生き残りとエネルギーに大きな疑問が投げかけられています。

 

 これらの事実は同時に、SPG海底下の微生物にとって、複製や次の世代を作るという選択肢はおそらくないことを示しています。前に説明した通り、海底堆積物中の微生物の栄養状態は、自らの体を維持できないくらい欠乏していて、増殖可能なレベルをはるかに下回っています。海底から数十cmの深さであれば、分裂は可能かもしれません。しかし、堆積物のさらに深いところでは、極端な栄養制限によって代謝が制限され、掘削によって表層世界に回収されて実験室で豪華な食事を与えられるまで、体を維持し「生き続ける」だけの状態になっているものと考えられます。

 

 1955年当時、深海底の生物圏は海底からわずか7メートルしかありませんでした5。1980年代後半から、絶え間ない発見によって、海底から2.5kmの深部海底下にまで微生物の生存域が広がっていることが明らかになりました6。海底下からは私たち人類のはるか遠い祖先だと考えられている、アスガルド古細菌とよばれる原始的な生命体も発見されています7。海底の堆積物層の下にある岩石層の割れ目には、微生物の凝集体が発見されました8。研究者たちは2050年に向けた科学的海洋掘削の新しい科学枠組みについて議論し、2050年サイエンスフレームワークとしてまとめました(日本語での詳細情報はこちら)。この戦略目標のひとつが “地球上の居住性と生命 “であり、長期的な学際的研究目標としては “生命とその起源の探求 “が挙げられました。

 暗く深い海底のさらに下、海底下の世界には、まだまだ謎がたくさんあり、発見されるべきものがたくさん隠されています。今後の海底下生命探査にもご注目ください!

 

 

【参考文献】

1. Morono, Y. et al. Aerobic microbial life persists in oxic marine sediment as old as 101.5 million years. Nature Communications 11, 3626 (2020). https://doi.org:10.1038/s41467-020-17330-1

2. Vreeland, R. H., Rosenzweig, W. D. & Powers, D. W. Isolation of a 250 million-year-old halotolerant bacterium from a primary salt crystal. Nature 407, 897-900 (2000).

3. LaRowe, D. E. & Amend, J. P. Power limits for microbial life. Front. Microbiol. 6 (2015). https://doi.org:10.3389/fmicb.2015.00718

4. Bradley, J. A. et al. Widespread energy limitation to life in global subseafloor sediments. Science Advances 6, eaba0697 (2020). https://doi.org:10.1126/sciadv.aba0697

5. Morita, R. Y. & ZoBell, C. E. Occurrence of bacteria in pelagic sediments collected during the Mid-Pacific Expedition. Deep Sea Res. 3, 66-73 (1955).

6. Inagaki, F. et al. Exploring deep microbial life in coal-bearing sediment down to ~2.5 km below the ocean floor. Science 349, 420-424 (2015). https://doi.org:10.1126/science.aaa6882

7. Imachi, H. et al. Isolation of an archaeon at the prokaryote–eukaryote interface. Nature (2020). https://doi.org:10.1038/s41586-019-1916-6

8. Suzuki, Y. et al. Deep microbial proliferation at the basalt interface in 33.5–104 million-year-old oceanic crust. Communications Biology 3, 136 (2020). https://doi.org:10.1038/s42003-020-0860-1

 

【関連情報】

・2023年8/27(日)10:30~/14:30~ つくばエキスポセンター 夏休み特別イベント「生物がすむ果てはどこだ?」(要事前予約)

 

諸野 祐樹(もろの・ゆうき)

JAMSTEC高知コア研究所 物質科学研究グループ 主任研究員。
福井県福井市生まれ。石川県金沢市で幼少期を過ごし、父の転勤で東京へ。
2004年 東京工業大学大学院 生物プロセス専攻修了 工学博士。
博士終了後、産業技術総合研究所の博士研究員として勤務し、並木二丁目で2年半暮らした後、2006年秋からJAMSTEC高知コア研究所に勤務。
三児の父。現在の専門は地球微生物学。