[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

循環型社会の実現のために「はかる」そして「選択する」ということ

(2018年5月15日)

図.LCAのイメージ

■はじめに
 「電気自動車が環境にやさしい」という話を聞くことがあります。これは本当でしょうか?確かに化石由来の燃料を直接使わないため、大気汚染物質や二酸化炭素の排出の改善は見込めそうです。しかし、自動車を構成する部品や走行に必要な電力が何から作られているか、車体がどのように廃棄されるかなど、一連の流れをよく考えてみないと、トータルでは環境への有害物質の排出が増える場合もあります。
 こうした問題意識から、人間の活動に由来する環境への影響を、できるだけ幅広く、客観的な数値を用いて「はかる」ための研究が行われています。今回はこの「はかる」ということ、そしてその結果をどう活用していくべきかについて書いてみたいと思います。

■LCAとは?
 環境への影響量をはかる代表的な方法に、LCA(Life Cycle Assessment)があります。LCAでは、評価対象が直接的・間接的に消費したエネルギーや天然資源の量および環境中に排出した物質の量、また、こうした消費や排出がもたらす環境への影響の大きさを数値で示します。その評価範囲は「ゆりかごから墓場まで(Cradle to Grave)」と言われるように、原材料の採掘から廃棄に至るまでの全過程(ライフサイクル)となります。
 読者の皆さんは「カーボンフットプリント」や「ウォーターフットプリント」などの言葉を耳にされたことがあるかもしれません。それぞれ評価対象の全ライフサイクルの中で排出された温室効果ガスの総排出量、消費・汚染された水の総量を数値として示す指標であり、いずれもLCAの考え方を用いてはかっています。

■LCAの新たな展開
 LCAは50年ほどの歴史があり、私たちが身の周りで使う家電製品や食品などの単体の評価に用いられてきました。最近では、新たな技術を導入する際の影響の大きさや広がりをはかる手法としても注目されています。LCAにより影響を客観的に可視化することで、事前に最適な方法の取捨選択が可能になります。
 また昨今、農作物がバイオ燃料として使われるようになり食料や飼料の価格が高騰したり、渇水により発電所の冷却水が確保できず電力が不足したりするなど、エネルギー、水、食料利用の間の相反に根ざした問題が世界の各地で発生しています。こうした問題の解決を探るためにも、相互の関連性を考慮に入れたLCAが期待されています。
 さらにこれまで述べてきた環境への影響に加え、人権、紛争、文化遺産など多様な利害関係に結びつく社会への影響をはかるSLCA(Social LCA)への関心も高まっています。世界的に都市への人口集中が進み、都市機能が複雑化する中で、持続可能な都市設計を行うためには、環境面だけではなく、安全性や住み心地などへの配慮も必要になります。こうした都市のライフサイクルの各側面を評価する観点としてSLCAが重要になってきます。同様の観点から、昨今注目を集める「持続可能な開発目標(SDGs)」の数値的な検証にもLCA的な考え方が用いられています。

■「はかる」のその先が重要
 LCAは評価をして終わりではありません。評価結果に基づいて、適切な「選択」を社会に促し、実践に繋げることが最終的な目標です。持続可能な社会の実現のためには、有限の資源を適切に利活用し、最大の効果を得る方法を見いだす必要があります。ここで特定の側面のみに注目した結果、想定外の悪影響が他に及んだり、本来の便益が大きく損なわれてしまえば、元も子もありません。LCAはこうした事態を未然に防ぐためのツールと言えます。
 社会による「選択」のための判断材料となるためには、LCA自体もシンプルで、わかりやすく、透明性が高いものでなければなりません。今後、LCAが専門家だけのものではなく社会全体でより幅広く活用され、よりよい社会の構築に役だっていくことを願っています。

 

【参考文献】
JST CRDS 研究開発の俯瞰報告書 「環境分野(2017年)3.4 循環型社会区分」
http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-03/CRDS-FY2016-FR-03_09.pdf

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
環境・エネルギーユニット フェロー
髙橋 玲子

 

髙橋 玲子(たかはし れいこ)
 1995年筑波大学大学院環境科学研究科修了、同年(株)東芝入社。電力・社会システムの環境影響評価研究他に従事。2016年より科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー。環境・エネルギー分野における技術・社会動向の俯瞰調査ならびに戦略プロポーザル作成に従事。博士(エネルギー科学)。