社会が変わり、科学技術が変わる
(2019年8月01日)
現代社会は激しい変化のただ中にあると誰もが言います。しかし変化が激しい中においても、我々は自らの立ち位置をなんとかして見定め、進むべき方向を見出さなければなりません。そして現代社会が科学技術の成果を取り込む形で成り立っていることに鑑みれば、科学技術の方向を見定めることはとりわけ重要と言えます。
近年、インターネットをはじめとする情報技術(IT)が長足の進歩を遂げたこと、そしてITが産業の構造や人々の生活様式を大きく変えたことは誰もが感じていることと思います。そこで本コラムではITという観点を例に、どう社会が変わり、科学技術が変わっているかについて考えてみたいと思います。
図はコンピューター誕生以降のITの進歩を経時的に表したものです。1990年代にインターネットが普及して以降、ITの進歩にスマートフォンの普及が重なり、様々なサービスがインターネット上で提供されるようになりました。日常生活においては、買い物や諸々の手続きをネット上で行うことが普通になり、ほんの数十年の間に人々の生活様式が目に見えて変わりました。また、ITは世界の産業構造も大きく変えました。GAFA(Google、Apple、Facebook、amazon)に代表される巨大なデジタルプラットフォーム企業が世界の市場と技術開発をリードするようになりました。ITの中でも人工知能(AI)のような特に重要な技術については、技術力の有無が国力を左右するという認識の下、企業間だけでなく国家間レベルでの開発競争が繰り広げられています。IT以外の科学技術分野でも程度の差こそあれ社会における重要度は増しています。
このように科学技術がかつてないほどに重要視されていることは、社会による科学技術に対する期待が高まっていることの一つの現れだと考えられます。一方で科学技術に関する懸念も大きくなっています。GAFAの台頭により、巨大プラットフォーム企業が情報を独占し人々の生活に及ぼす影響が大きくなりすぎるのではないか、との懸念があります。また、AIが人間の行動をコントロールするために利用されるのではないかといった不安が提起されています。懸念を払拭しながら研究を進めることが社会の期待に応える上で必要です。
研究活動もITにより大きく変わりつつあります。例えばナノテクノロジーやライフサイエンスといった先端科学技術においては、望む機能を持つ物質、遺伝子等を探索する段階が研究活動の重要な部分を占めています。従来であれば、過去の論文からアイデアを得て、候補とすべき物質や遺伝子等を考案する、あるいは自分の実験結果に基づく形で新たな候補を試してみる、というように地道な作業として探索が行われていました。
しかし今日では、ビッグデータとAIが飛躍的に探索効率を上げようとしています。現在は自分で取得した実験データ等を主に用いていますが、今後研究者が自分の研究データを互いに公開し合う等により、良質なビッグデータを作ることができれば、多数の物質、遺伝子等の候補を高速に探索することが期待できます。これは単に研究活動が高能率化していくというだけにとどまるものではありません。例えばAIが物質探索を行う場合、研究者の長年の勘と経験によれば最初から候補とはなり得ないような物質の組み合わせまでも含めて探索を行うことが可能です。そのような総当たり的な探索により、思いもよらない発見があった場合、これは研究者の思考や認識の限界を超えた活動をしていることにほかなりません。このようにITは研究者の発想の拡大にも寄与するなど質的な変革を引き起こしているわけです。
一方で、研究者がどれほどAIを駆使しているつもりであっても、研究者自身がAIにできないことを見出せなければ、いずれはAIに取って代わられることになります。物質がある機能を示す際に、その原理・メカニズムについて仮説を立てるといった理論寄りの活動については依然として独創性が必要となると考えられ、研究者は今後そういう活動にもっと注力していく必要があると考えられます。
JST研究開発戦略センターが刊行した「研究開発の俯瞰報告書 統合版(2019年)~俯瞰と潮流~」においては、このように科学技術と社会の関係性の観点も重視して研究開発の状況を整理しています。読者の皆さまにご活用頂けると幸いです。
参考資料
- 研究開発の俯瞰報告書 統合版(2019年)~俯瞰と潮流~
- 研究開発の俯瞰報告書 環境・エネルギー分野(2019年)
- 研究開発の俯瞰報告書 システム・情報科学技術分野(2019年)
- 研究開発の俯瞰報告書 ナノテクノロジー・材料分野(2019年)
- 研究開発の俯瞰報告書 ライフサイエンス・臨床医学分野(2019年)
- 研究開発の俯瞰報告書 主要国の研究開発戦略(2019年)
- 研究開発の俯瞰報告書 日本の科学技術イノベーション政策の変遷 ~科学技術基本法の制定から現在まで~
科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
企画運営室 参事役
渡邊英一郎
渡邊英一郎(わたなべえいいちろう)
1994年京都大学大学院工学研究科修士課程修了。同年科学技術庁(現 文部科学省)入庁。文部科学省放射線規制室、科学技術・学術政策研究所、国際原子力機関(IAEA)出向等を経て、2018年より現職。企画運営室にてCRDS内の調整、取りまとめ業務等に従事。