[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

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社会技術研究開発センター(RISTEX)のこれまでとこれから

(2021年4月01日)

 社会技術研究開発センター[1]は「二つ」の名前を持つ組織です。一つは日本語で、社会技術研究開発センターですが、もう一つは英語名称で、Research Institute of Science and Technology for Societyです。それぞれの名称に、このセンターの活動の内容や意義が込められています。

 英語名称を直訳すると、「社会のための科学と技術の研究所」になります。「社会のための科学」という表現の由来は、1999年にハンガリーの首都ブダペストで、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)と国際科学会議(ICSU)の共催により開催された世界科学会議で発表された「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言(ブダペスト宣言とも呼ばれる)」にあります。この会議では、21世紀を迎えるにあたって、改めて科学の役割を考え直す議論が繰り広げられたのでした。その結果まとめられた宣言には、伝統的な科学の役割ともいえる「知識のための科学、進歩のための科学」に加えて「社会における科学と社会のための科学」という言葉が書き込まれました。そのメッセージは、科学知識の利用は社会に貢献するものであること、科学の正の側面と負の側面への関心を持つことが必要、研究倫理を重視すること、知識への公平なアクセスを確保すること、科学教育を充実させること、そして科学者が社会との対話を積極的に行うことなどでした。

 いずれも現代の科学の在り方にとって重要な指摘ばかりですが、とりわけ「科学知識の利用は社会に貢献するものであること」を重視して本センターは設立されたのでした。以来、本センターは、社会が解決を求めている課題の探索をしたうえで研究開発領域やプログラムを設定し、それに基づく研究のファンディングを行ってきました。2005年以来設定した研究開発領域やプログラムは15以上にのぼります。2021年4月現在は、5つの研究開発領域・プログラム、61件の研究開発プロジェクトが進行しています(図参照)。

 研究開発領域やプログラムで扱うテーマは様々で、これまでに少子高齢化、環境・エネルギー、安全安心、医療・介護といった日本が抱える社会問題を取り上げてきました。

  2011年に発生した東日本大震災は日本各地に甚大な被害をもたらした未曾有の災害でした。その年、復旧・復興に向けて研究開発成果を被災地域に実装させるための緊急公募[2]を実施し、また、その翌年には、災害から得られた課題や教訓を科学的に検証し、今後予想される大規模災害に対して、私たちの社会をより強くしなやかなものにするための災害対策の実現を目指した「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」研究開発領域[3]をスタートさせました。

 また、現在も続いているCOVID-19の世界的流行は、私達の暮らしや人と人との関係など社会に大きな変化をもたらしています。このような中で新たに生じる社会問題の解決に貢献すべく、2020年にCOVID-19の観点を重視した公募を実施し、複数の課題を採択しました。また、2021年からは、COVID-19による社会や人・組織・コミュニティとの関わり方の変化を踏まえて新しい社会的つながりの構築を目指す研究開発に取り組む予定です。

図.進行中の研究開発領域・プログラム一覧(2021年4月現在)

 本センターが取り組む社会課題解決のための研究は、基本的に、「解決に必要な学問を動員する」ということにつきます。そもそも、ブダペスト宣言のScienceは自然科学、技術、そして人文社会科学を包含する意味で使われています。本センターもその意味で、理系や文系といった学問分類にとらわれないファンディングの方針を採用しています。本センターの日本語名称に現れる「社会技術」という表現は、こうした学問分類にとらわれない研究手法という考え方を示すものです。それに加え、近年では、地球環境問題や2015年の国連持続可能な開発サミットで採択された持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals(以下、「SDGs」という。)をはじめとして、取り組むべき社会課題が複雑になっています。研究成果を応用すれば解けるというものではなくなっており、社会的課題に直面している多様な人々を巻き込んだ研究(共創あるいはtransdiciplinary研究)が必要だという認識が広がりつつあります。また、現代社会と科学技術の相互作用はますます強くなる傾向にあり、その影響や意義の検討と対応の必要性が高まっており、科学技術の進展に伴うELSI(倫理的・法制度的・社会的課題)の対応も求められています。このような背景を踏まえて、RISTEXでは2019年度より、SDGsの達成に向けて技術シーズを活用して地域が抱える社会課題のソリューションを創出する「SDGs の達成に向けた共創的研究開発プログラム(Solution-Driven Co-creative R&D Program for SDGs(略称:SOLVE for SDGs)[4] 」をスタートさせました。

 また、ELSIについては、2016 年度より開始した「人と情報のエコシステム」研究開発領域[5]において、情報技術に関わるELSIについての研究開発に取り組んでいることに加え、2020 年度には、エマージング・テクノロジーをはじめとする科学技術のELSI について対応の実践とその方法論の開発、多様な ELSI 人材の養成等を狙いとする新たなファンディングプログラム「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム[6]」を開始しました。

 2020年6月、科学技術基本法の振興対象に「人文科学のみに係る科学技術」及び「イノベーションの創出」が加わるという内容の法改正が25年ぶりになされ、この4月に施行となりました。また、第6期の科学技術・イノベーション基本計画においては、人文・社会科学を含めた「総合知」の活用による社会課題の解決や社会実装の推進といったことが掲げられています。自然科学、人文・社会科学の研究者と問題を抱える社会の多様なステークホルダーの協働による社会課題解決に向けた研究開発を進めてきたRISTEXは、これまで蓄積してきたノウハウや、ステークホルダーとのネットワークを活かし、より一層社会への貢献が求められています。21世紀に必要な「社会に貢献する科学」の在り方を見据え、社会課題の解決に必要な学問を動員し、新たな研究方法の開発と活用を行うこと、これが本センターの使命だと考えています。

 

(参考)

[1] JST-RISTEX HP

[2] 「研究開発成果実装支援プログラム」東日本大震災対応・緊急提案募集

[3] 「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」研究開発領域

[4] 「SDGs の達成に向けた共創的研究開発プログラム」

[5] 「人と情報のエコシステム」研究開発領域

[6] 「科学技術の倫理的・法制度的・社会的課題(ELSI)への包括的実践研究開発プログラム」

 

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科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター

 センター長  小林 傳司

小林 傳司(こばやし ただし)

 1954年生まれ。1983年東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得退学。福岡教育大学、南山大学等で教鞭を執った後、2005年より大阪大学教授、2015年より理事・副学長を歴任、2020年より大阪大学名誉教授、同COデザインセンター特任教授(現職)、2021年4月よりRISTEXセンター長(現職)に就任。

 専門は、科学哲学・科学技術社会論。著書に、『誰が科学技術について考えるのか コンセンサス会議という実験』名古屋大学出版会(2004)、『トランス・サイエンスの時代 科学技術と社会をつなぐ』NTT出版ライブラリーレゾナント(2007)など。