[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

見えなかったものを“見える化”するライフサイエンスの新技術

(2018年3月15日)

図1.ライフサイエンス関連技術の相関図

 近年、ライフサイエンスの技術はすさまじい勢いで進展しています。例えば、ヒトの全DNAの塩基配列(ゲノム)を調べるために2006年では据え置き型の大型装置を使って約1,400万ドルかかっていましたが、2015年には1,500ドル程度になりました。解析装置もUSBメモリー程度の大きさのものまで登場しています。

 DNAの全遺伝情報をゲノム(genome)というのと同じように、全タンパク質のことをプロテオーム(proteome)、全代謝産物のことをメタボローム(metabolome)などといいますが、ゲノムの解析技術と同様にプロテオームやメタボロームなどの○○オーム解析技術(オミクス技術)も大きく進展しています。オミクス技術により生体を構成する様々な分子がわかってくると、そのような分子が生体内でどのように分布していて、時間とともにどう変化しているかを調べる技術も必要です。そのような技術としてイメージング技術があります。そこで、今回はこのイメージング技術の進展について紹介します。
 1つめは、超解像顕微鏡技術です。従来の光学顕微鏡では、光の回折という現象のために、
約200 nmより近いところにある2つの分子を見分ける(分解する)ことができません。ところが、蛍光分子を使った超解像顕微鏡技術では光の回折限界を超え、20 nm~100 nmという高い分解能でイメージングすることが可能になりました(2014年のノーベル化学賞を受賞しています)。
 2つめは、透明化技術です。可視光は生体内で光が散乱するために、生体の深いところを観察することができません。普通の顕微鏡で脳を観察した場合、その表面から0.15 mm程度が限界です。そこで、生体試料を透明化してより深い領域を観察できるようにする、透明化技術が進展しています。今では、たとえばマウスの脳組織全体を透明化し、神経回路や神経活動を全脳スケールかつ一細胞レベルでとらえて解析する技術が実現しています。色々な透明化試薬が開発されていますが、この分野は日本の研究者が大きく貢献しています。Scale、SeeDB、CUBICなどは日本の研究者によって開発された試薬です。透明化試薬のSeeDBを高解像度イメージング用に改良したSeeDB2で透明化した脳を、1つめで紹介した超解像顕微鏡により観察することで、シナプスの微細構造まで鮮明に観察することが可能になりました(図2)。

図2.透明化した脳を超解像顕微鏡でイメージング。 神経突起の詳細が光学顕微鏡で観察できている。

 3つめは、クライオ電子顕微鏡法です。クライオは凍結という意味で、文字どおり試料を凍らせて見る技術です。タンパク質等の生体分子を原子レベルの分解能で構造解析するためには、これまで結晶化したタンパク質をX線を用いて解析する方法が主流でした。そのため、結晶化できないタンパク質の構造解析は難しかったのです。ところが、このクライオ電子顕微鏡による解析では、タンパク質を結晶化せずに構造解析ができます。結晶化が難しい膜タンパク質の構造解析が可能になったのです。この技術の進展には、カメラの性能向上とともにIT技術の進展が大きく寄与しています。電子顕微鏡を用いて高解像度で撮影しようとすると強い電子線を当てる必要がありますが、そうすると試料が壊れてしまいます。しかし近年、カメラの性能が向上し、弱い電子線でもコントラストの良いイメージングが可能になりました。その他にも、単粒子再構成法という画像解析方法の開発とともに、この解析を可能とするコンピュータの性能向上により、タンパク質の構造解析が可能になりました(2017年のノーベル化学賞を受賞しています)。この方法は、創薬のターゲットになる膜タンパク質の構造解析が可能なので急速に普及しています。
 このような高解像度なイメージング技術により得られる生体分子の構造、分布、その時間的変化と、オミクス技術により得られる網羅的な生体分子の情報を統合的に解析することで、生体の機能や疾患の解明が進むと期待されています。

 

参考資料:
1) JST CRDS研究開発の俯瞰報告書「ナノテクノロジー・材料分野(2017年)3.2 ライフ・ヘルスケア応用」
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-05/CRDS-FY2016-FR-05_07.pdf
2) JST CRDS研究開発の俯瞰報告書「ライフサイエンス・臨床医学分野(2017年)3.3生体計測分析技術・医療機器」
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-06/CRDS-FY2016-FR-06_08.pdf
3) DNAシーケンシングのコスト
https://www.genome.gov/27565109/the-cost-of-sequencing-a-human-genome/
4) 生体をゼリーのように透明化する水溶性試薬「Scale」を開発
http://www.riken.jp/pr/press/2011/20110830_3/
5) シナプスの微細構造まで鮮明に
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20160311/index.html
6) クライオ電子顕微鏡
https://www.chem-station.com/blog/2017/10/nobel2017cryo.html
7) 新時代:クライオ電子顕微鏡による近原子分解能での解析
http://leading.lifesciencedb.jp/5-e010/

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー
堀 邦夫 

 

堀 邦夫(ほり くにお)
 早稲田大学大学院物理および応用物理学専攻修士課程を修了後、オリンパス光学工業株式会社(当時)入社。アトムテクノロジー研究体に出向などを経て、生体分子イメージング、計測等に従事。2017年より国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー。ライフサイエンス・医療医学分野におけるイメージングおよび生体分子計測等の技術動向や社会動向の俯瞰調査・政策提言の作成に従事。