[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

近年頻発する夏の猛暑とコメ生産への影響の地域的な特徴を明らかにする
(農研機構 石郷岡 康史)

(2024年9月01日)

 近年、わが国では夏季の高温傾向が続いています。

 図1は、19世紀末以降の夏季(6月から8月)の全国平均気温の推移を示したものですが、特に1990年代中盤以降に顕著な上昇傾向が見られ、直近の2023年は平年差が+1.7℃と観測史上し最高となりました。

図1. 夏季(6月~8月)の平均気温の基準値からの偏差の推移

細線(黒):各年の平均気温の基準値からの偏差
太線(青):偏差の5年移動平均値
直線(赤):長期変化傾向。基準値は1991〜2020年の30年平均値。
出典:気象庁ホームページ 

 

 この夏季の高温により農作物への被害が多発し、わが国の主食であるコメ生産に対しても、特に品質への影響が既に現れています。今後、地球温暖化の進行により更なる温度上昇が予測されるため、現状でコメ生産に影響する高温の出現の特徴を把握しておくことは大変重要です。

 ここでは、コメ生産への影響を表す高温に関する指標を導入し、1km空間解像度のメッシュ気象データ(1978年以降作成)を使用して過去高温の出現の地域的な特徴を示すこととします。

 特に最も暑い夏となった2023年について、詳しく見ることにします。

 1978年以降の各年の猛暑日(日最高気温35℃以上)と熱帯夜(日最低気温25℃以上)の出現回数を、東日本(東海、北陸地方より東、北海道は含まない)、西日本(近畿地方より西、沖縄は含まない)の範囲で集計し、年々の推移を棒グラフに示しました(図2)。

 

図2. 日最高気温が35℃以上になった回数 (左図) と日最低気温が25℃以上になった回数 (右図) の年々変化(1978-2023年の過去46年間) 
出典:農研機構 農業環境研究部門研究資料「夏季の農業気象(高温に関する指標)」

 

 2023年は東日本では猛暑日、熱帯夜ともに第1位、西日本では猛暑日が第4位(第1位は1994年)、熱帯夜は第1位でした。猛暑日、熱帯夜ともに、出現回数は明確な増加傾向を示しています。

 猛暑日と熱帯夜の発生程度を表す指標として、日最高気温35℃以上の積算値(日中高温指標)と日最低気温25℃以上の積算値(夜間高温指標)を導入し、各年について1㎞メッシュで分布図を作成しました(北海道から九州までの範囲)。

 図3は一例として、2023年の日中高温指標(左図)および夜間高温指標(右図)を示します。どちらも東北地方以南の平野部で出現がみられ、特に関東、東海、北陸、近畿地方の平野部で高い値が見られます。なお、日中高温指標については内陸中心、夜間高温指標については沿岸や都市およびその周辺で値が高くなる傾向が見られます。

 

図3. 日中高温指標と夜間高温指標の分布(2023年)
「日中高温指標」は日最高気温が35℃以上の日(猛暑日)の超過量を積算したもの、「夜間高温指標」は日最低気温が25℃以上の日(熱帯夜)の超過量を積算したもので、それぞれ猛暑日と熱帯夜の発生程度を表している。
出典:農研機構 農業環境研究部門研究資料「夏季の農業気象(高温に関する指標)」

 

 高温によるコメ生産への影響として、登熟期間前半(出穂日から20日間)の高温による白未熟粒(しろみじゅくりゅう)の増加(品質への影響)、出穂開花時の高温による高温不稔(ふねん)の増加(収量への影響)が懸念(けねん)されています。

 ここでは、品質低下リスクを表す指標として出穂日から20日間の日平均気温26℃以上の積算値(暑熱(しょねつ)指数:最新の研究ではMET26と呼んでいます)、高温不稔リスクを表す指標として出穂日前後7日間の日中(10~15時)の平均穂温(モデルによる推定値)を導入し、分布図を作成しました。

図4. 暑熱指数と推定穂温の分布(2023年)
「暑熱指数」は水稲の出穂日から20日間の日平均気温26℃以上の超過量の積算値であり、この値が40(℃・日)を越えると品質低下のリスクが顕著に高まる。「推定穂温」は出穂日前後7日間の日中(10~15時)における平均穂温(モデルによる推定値)であり、33℃を超えると不稔リスクが高まる。出穂日は作柄表示地帯別に、農林水産省統計資料から取得した。計算対象メッシュは国土数値情報2006年版において水田面積率が1%以上とし、その他は灰色で示している。
出典:農研機構 農業環境研究部門研究資料「夏季の農業気象(高温に関する指標)」

 

 図4は2023年の例で、暑熱指数(左図)と推定穂温(右図)を示します。暑熱指数は値が40(℃・日)を超えると品質低下リスクが顕著に高くなることがこれまでの研究から分かっており、2023年においてはその地域が中国地方から東北地方北部まで広範囲に見られます。推定穂温は山陰から北陸、東北地方南部にかけての地域に33℃以上の高い値が見られます。

 

 

【参考】

なお、ここで紹介しました内容は、農研機構 農業環境研究部門で公表している研究資料に詳しく掲載されておりますので、是非ご覧ください。

夏季の農業気象 (高温に関する指標)

 

石郷岡 康史(いしごうおか・やすし)

農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) 農業環境研究部門 気候変動適応策研究領域 作物影響評価・適応グループ グループ長 
秋田県秋田市出生。専門は農業気象学、水文学、地理学等。主にモンスーンアジア地域を対象として、気候変動による農業生産力や農業水資源への影響の広域評価に関する研究に取り組んでおります。
趣味:旅行、山歩き(本格的な登山ではない)、自転車