錯視は脳の中を垣間見る窓
(2022年4月01日)
錯視とはものが実際とは違うように見えてしまう現象です。一見すると不合理で脳の欠陥のように思えるかもしれません。でも、錯視を調べていくと、私たちの脳が何をやろうとしているかがわかってきます。このことを、立体で起こる錯視を例にとって紹介しましょう。
図1:不可能モーション立体「なんでも吸引4方向すべり台」
たとえば図1(a)の立体は、中央の一番高いところから四方へ斜面が下っているように見えますが、どの斜面に置いた球も中央へ向かって転がっていきます。まるで重力に逆らって登って行くように見える「不可能モーション錯視」が起きます。(b)はこの立体を別の方向から見たところですが、実際には中央が最も低く、球は下へ向かって転がり下りていることがわかります。
私たちが住んでいるのは3次元の世界ですが、それを撮影した画像は2次元で、奥行きの情報が失われています。私たちは画像を見て立体の奥行きを読み取っているように感じますが、実は失われた情報を想像で補っているにすぎません。その想像がたまたま当たっていたとき、奥行きを読み取ったと感じるのです。想像ですから間違うこともあります。それが立体錯視です。
では、脳は失われた情報をどのように補うのでしょう。私たちの観察では、脳は直角が大好きです。画像を見たとき、いろいろな可能性の中から直角の多い立体を思い浮かべる傾向がとても強いのです。
図2を見ると5本の柱が平行に並んでいますが、脳はこれが机の面に「直角」に立っていると思ってしまいます。その結果、1番長く見える中央の柱が一番高いところを支えているはずと考えます。つまり、失われた奥行きを補おうとして直角の多い立体を思い浮かべるために、この錯覚が起きるのです。
もう一つの例を図3に示しました。直接見ると円柱が並んでいるのに、鏡に映すと角柱に変わるという「変身立体錯視」が起きます。この立体の上端は上がったり下がったりする起伏のある曲線なのですが、直角の好きな脳が、柱体の軸に直角に切断した切り口を見ていると勝手に信じてしまいます。その結果、鏡に映したとき切り口の形が変わるのはあり得ないと思ってしまうのです。起伏のある立体だったら、別の方向から見たとき別の形に見えることは当たり前なのですが。
画像から奥行きを読み取る課題には、そもそも正解がありません。脳は、この無理な課題を与えられて、「直角」を手掛かりにけなげな努力をしているのです。
【関連情報】
・2022年3/5(土)5/8(日)~企画展「錯視の世界」あなたは今度もかならずだまされる!~をつくばエキスポセンターで開催中!
杉原 厚吉(すぎはら・こうきち)
明治大学 先端数理科学インスティテュート 研究特別教授。
1973年東京大学大学院修士修了後、電子技術総合研究所、名古屋大学、東京大学などを経て、2009年より明治大学所属。専門は数理工学。視覚の数理モデルを用いて不可能図形を立体化するなどさまざまな錯視を創作し、立体錯視アーティストとしても活躍。国際ベスト錯覚コンテスト優勝4回、準優勝2回の実績を持つ。