AIでノーベル賞!? 科学的発見を加速するAI技術の今
(2021年10月15日)
1. AI科学者
深層学習を始めとする近年の人工知能(AI)技術の発展には目をみはるものがあります。高精度の画像認識に始まり、人間の世界チャンピオンに勝つコンピュータ囲碁プログラムも登場しました。このように様々な問題に適用できるAI技術を、科学研究の最先端で役立てようというのは自然な流れでしょう。実際、生命科学や物理学など多くの分野では、すでに何らかの形でAI技術が使われています。
近年、注目されているのはAI技術を用いた科学的発見の加速でしょう[1]。人間に知られていない手をAI棋士が打ったように、「AI科学者」なら人間の科学者が気づけないようなことを発見できるのではないかと考えられます[2]。材料科学や創薬の分野では、AIによって新しい化合物が発見されるのではないかと、とくに期待が高まっています[3, 4]。
2. AIによる科学的発見
米国では国防高等研究計画局(DARPA)が早期から注目し、近年エネルギー省も「科学のためのAI」イニシアティブを開始しました。日本では内閣府「AI戦略」に「AIによる科学的発見の研究」が記載され、JST未来社会創造事業「ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速」でロボットによる生命科学実験の自動化プロジェクトも始まりました[5]。
3. 課題は人と機械の協働
AIシステムによる科学的発見の技術的ハードルは高いと見られています。英国アラン・チューリング研究所の「チューリングAI科学者グランドチャレンジ」ではAIによるノーベル賞級の発見は2050年の目標とされています[6]。
技術的な課題は、人間とAIシステムとの役割分担にあります。
まず、膨大な仮説を計算機で生成・探索する「仮説推論」は、知的基盤なしではすぐに、すでに分かっている仮説を提案してしまう「車輪の再発明」になり非効率です。そのため、その分野の(人間の)科学者であれば常識的に知っているような背景知識を、AIシステムが認識できるよう機械可読な形で用意することが必要です。平たく言えば、AIに教科書や論文を読ませるわけです。また、AIシステムは、何が重要な発見なのか、何が本質的に新しいことなのかを自動的に判断することができません。人が適切に介入し、価値判断の基準や新しく得られた仮説の評価法をAIシステムに入力する必要があるでしょう。
仮説を検証する「検証実験」では、計算機シミュレーションで実験の量を減らしつつ、ロボット導入や機器のネットワーク化などラボ・オートメーションが必要です。ロボットの体を持ったAIシステムは科学者を単純作業から解放し、仮説の検証作業を高速化できます。同時に、人手では難しい実験の再現性の確保にも役立つでしょう。ただし、どのような現象に注目し、どのような手立てで仮説を検証するのか、という実験デザインは引き続き人の知恵に頼るところが大きいでしょう。
4. AIと科学
新発見を生み出す科学研究は私たちの文明を前進させる駆動力です。イノベーション促進や気候変動対策はもちろん、直面する新型コロナウイルス感染症への対応など、科学の重要性を疑う人はいないでしょう。
科学のプロセスを科学的な視点で理解し、AIやロボットという工学的な視点で再構築して加速することは、私たちの未来にとって極めて重要な意味を持つ活動となるでしょう。
【参考資料】
[1] 科学技術振興機構研究開発戦略センター, 戦略プロポーザル「人工知能と科学 〜AI・データ駆動科学による発見と理解〜」
https://www.jst.go.jp/crds/report/CRDS-FY2021-SP-03.html
[2] H. Kitano, “Nobel Turing Challenge: creating the engine for scientific discovery”, npj Systems Biology and Applications 7, 29 (2021).
https://www.nature.com/articles/s41540-021-00189-3
[3] 大日本住友製薬株式会社, IRニュース(2020年1月30日)「大日本住友製薬とExscientia Ltd.の共同研究 人工知能(AI)を活用して創製された新薬候補化合物のフェーズ1試験を開始」
https://www.ds-pharma.co.jp/ir/news/2020/20200130.html
[4] 株式会社Preferred Networks, News Release(2021年4月27日)「PFCC、新物質開発や材料探索を高速化する 汎用原子レベルシミュレータMatlantisをクラウドサービスとして提供開始」
https://www.preferred.jp/ja/news/pr20210706/
[5] 科学技術振興機構未来社会創造事業, 「ロボティックバイオロジーによる生命科学の加速」
https://www.jst.go.jp/mirai/jp/program/core/JPMJMI20G7.html
[6] The Alan Turing institute, “The Turing AI scientist grand challenge”
https://www.turing.ac.uk/research/research-projects/turing-ai-scientist-grand-challenge
科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
システム・情報科学技術ユニット フェロー
嶋田 義皓
嶋田 義皓(しまだ よしあき)
JST 研究開発戦略センターフェロー。博士(工学、公共政策分析)。2008年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。2008年日本科学未来館科学コミュニケーター、2012年JST戦略研究推進部主査を経て、2017年4月より現職。2018年に政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策プログラム博士課程修了。専門分野は、物理、科学コミュニケーション、ICT、科学政策。3児の父。