Brexitと科学技術
(2016年7月15日)
6月23日、英国のEU(欧州連合)からの離脱(British+Exit=Brexit)に関する国民投票が行われ、離脱賛成52%で英国国民は、離脱を選択し、英国はもちろん国際社会は大きな動揺感が漂っています。Brexitは、欧州諸国が築きあげてきた地域統合体制と個別国の政治経済事情との間の調和の問題であり、直接的・短期的には国内景気をはじめとする我が国の社会経済に及ぼす影響はそれほど大きくはないのではないかとの分析もあるようですが、現在の円高状況、国際経済環境の不確実状況とともに、科学技術活動への影響についても、注視していく必要があると思われます。
英国は、元来、基礎研究に関する世界的リーダー役で、質の高い論文を数多く生産してきています。最新の統計(科学技術政策研究所:科学技術指標2015)でも、引用率トップ1%に入る論文では、米国、中国に次いで第3位で全体の11.8%です(日本は、5.2%で第8位)。特に、注目されることは、全論文生産数に対して、高引用率の論文数が多いということです。英国は、物理学、生物学、化学などの多くの分野において、先駆的研究活動をしてきていて、創造力ある研究者も数多く輩出してきています。ノーベル賞受賞者数も、現在までに110人と世界第2位です(我が国は、22人で第7位)。また、世界有数の大規模装置も多く設置されていて、世界中から若い人材を含め多くの研究者が集結して、研究活動を進めています。このような状況下、英国内の多くの研究者や研究機関は、今回の動きに大きな懸念を表明していたと聞きます。
最近の科学技術分野では、国際共同研究による成果が目覚ましく、英国が優れた質の研究活動を継続してきているのは、活発な国際共同研究の拠点として機能していることも一つの要因といえます。大学等に多くの地域や国から、多様な分野の研究者が結集して研究を進めることを可能とする環境が地域と一体となって整えられています。国の壁や言語・文化の壁を意識しないで、自由に研究者が行き来でき、創造的な研究活動を安定した生活のもと実施できるということが英国で、その基盤を提供してきているのがEUといえると思います。特に、EUとしての研究優先度付けや研究費配分も重点的に行われていて、多くの英国内研究活動がEUから大きなファンディングを得ています。このような状況を踏まえると、EUからの離脱が英国の研究開発活動に与える影響は小さくはないかもしれません。研究活動に国境はないといわれますが、研究者には国籍(地域属性)があり、これまでは、英国内で研究活動を自由にしていたEU域内研究者が、英国とは違う国に拠点を移さざるを得ないということもあるかもしれません。これからの研究活動によって、全く新しい知見を見出すとともに、科学技術によって環境や食糧、エネルギー、交通等の分野における社会経済上の課題を解決していくため、また、核融合など一国単独ではなしえない大規模プロジェクトに国際的に研究資源を結集していくためには、研究者が国籍を意識することなく融合し、多様な視点から研究活動に取り組むことが重要です。
つくばは、現在、2万人の研究者、5千人を超える外国の方々が暮らす国際科学技術都市です。この特徴を活かし、今後一層国際的な研究活動がつくばを拠点として展開されていくようにするためにも、今回のBrexitの動きは、国際共同研究を支援する地域の責任や果たす役割を考える重要な契機になるものと思われます。
田中 敏(たなか さとし)
平成27年1月文部科学省退職後、平成27年7月より公益財団法人つくば科学万博記念財団理事長(兼つくばエキスポセンター館長)。
科学技術の振興および、つくば地域に貢献する科学館を目指し、連携機関との連絡調整に日々努めている。