「揺らぎ」を利用した脳型人工知能
(2022年12月01日)
AIの分野では近年ディープラーニング(深層学習)が進展し、社会の幅広い分野で活用されています。ディープラーニングは脳の機能を参考にしたニューロネットワーク技術によって実現しています。これは脳の神経回路の機能を模したもので、大量の情報の中から素早く目的の情報・最適解を探し出してくれます。
しかし近年、脳機能の研究が進み、現在のディープラーニングは、実際の脳が行なっている働きとは異なることがわかってきました。ディープラーニングは神経回路の結びつきの「強度」から最適解を求めるものですが、実際の人の脳は、ニューロン(神経細胞)がシナプスという接合点で結びつき、それら全体で「揺らぎ」を持って計算をしていると考えられています。
京都大学大学院情報学研究科の寺前順之介准教授と立命館大学情報理工学部の坪泰宏准教授の共同研究グループは、ニューロンとシナプスでできたネットワークが情報をやりとりしているときの「揺らぎ」に注目しました。「揺らぎ」とは、ニューロンやシナプスがランダムに動作しているように見えることをいいます。研究グループは、この「揺らぎ」は確率的に動いていると考え、「揺らぎ」をもとにして新たな脳の計算理論を提示することに成功しました。
研究グループは、脳が学習するということは最適化ではなく、適切な具体例をいくつも生成するサンプリングなのではないかと考えました。しかし、ニューロンとシナプスが示す確率的な性質である「揺らぎ」を、ニューラルネットに導入する研究は、世界中で行われていますが、「確率」をどのように導入するか、その方法がわかっていませんでした。
研究グループは、「揺らぎ」における確率をベイズ推定(確率によってある現象の原因を推定する手法)と呼ばれる理論の一つであるギブスサンプリング(近似的なサンプルをいくつも生成する手法)という理論を用いて、ニューロンとシナプスが連携して人の脳のように働くニューラルネットワークの構築に成功しました。
現在の最適解を求めるのが得意なニューロコンピューティングは多くのエネルギーを消費しますが、「揺らぎ」を利用することで省エネルギーのコンピューティングが行えるといいます。この新理論は、これからやってくる、人に近いコンピュータやサイボーグの実現につながっていくでしょう。
また、この新しい脳モデルは、外界からの刺激に対して実際の脳のニューロンが示す応答と同じような反応もみてとれたといいます。これらの知見は、脳科学の進展にも大きく寄与すると考えられています。
【参考】
京都大学プレスリリース
脳型人工知能の実現に向けた新理論の構築に成功―ヒントは脳のシナプスの「揺らぎ」―
サイエンスライター・白鳥 敬(しらとり けい)
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。