「新種」発見!? その名は「サザエ」
(2017年7月01日)
生物の世界では、これまで知られていない新種を発見すると、万国共通の国際動物命名規約にしたがって学名をつけ、学術雑誌に報告するのが決まりになっています。こうした手続きをしなければ、生物学においては正式に新種として認められません。ですから、誰もが知る生物には必ず学名がつけられています。しかし、みなさんがよく知っているサザエに学名がつけられていないことが、岡山大学大学院環境生命科学研究科の福田宏准教授の研究によって明らかになりました。
といっても、サザエに学名がなかったわけではありません。日本のサザエはこれまで、イギリスの僧侶で博物学者のライトフットが命名した「トゥルボ・コルヌトゥス」という学名で呼ばれてきました。中国や韓国のサザエにも同じ学名がつけられています。つまり、アジアにいるサザエは1種だけであると認識されてきたのです。
1995年に日本の研究グループが、日本産と韓国産のサザエと、中国産のナンカイサザエの形を比較して、両者は別種であると指摘しました。いずれのサザエにも、殻に刺を持つ有棘型と持たない無棘型がいるのですが、日本産と韓国産の有棘型は長い刺が広い間隔で並んでいるのに対して、中国産の有棘型は短い刺が狭い間隔で並んでいます(写真1)。
このとき日本の研究グループは、中国産のナンカイサザエに対して、「トゥルボ・チャイネンシス」という新しい学名をつけました。これ以降、約20年間にわたって、日本産のサザエの学名が「トゥルボ・コルヌトゥス」、中国産のナンカイサザエの学名が「トゥルボ・チャイネンシス」だと広く受け入れられてきました。
ところが、今回、福田准教授が改めてライトフットの文献を見直したところ、ライトフットが「トゥルボ・コルヌトゥス」と名づけたサザエこそ、実は中国産の「トゥルボ・チャイネンシス(ナンカイサザエ)」であることが明らかになったのです。ライトフットは、過去の文献に図示されていたサザエに対して、「トゥルボ・コルヌトゥス」という学名を与えたのですが、その図をよく見ると、短い刺が狭い間隔で並んでいる「トゥルボ・チャイネンシス(ナンカイサザエ)」だったのです(写真2)。
ということは、すでに「トゥルボ・コルヌトゥス」という学名を持っていた中国産のナンカイサザエに日本のグループは二重に学名をつけてしまったことになります。一方、日本産のサザエには、ずっと学名がつけられていない状態が続いてきたことになります。
(写真2)1786年にイギリスのライトフットが学名「トゥルボ・コルヌトゥス」と命名したサザエ。刺は短く狭い間隔で並んでいる。これは中国産ナンカイサザエの特徴である。
こうした混乱は、19世紀の貝類学者リーヴによる混同が発端となっています。欧米の文献に初めて日本のサザエが登場したのは、1848年のことです。このときリーヴは、一見して日本産とわかるサザエの図を、誤って「トゥルボ・チャイネンシス(ナンカイサザエ)」と同定してしまいました(写真3)。これ以降、約170年もの間、世界の貝類研究者たちはこの混同に引きずられてきたのです。日本のサザエに学名がなかったのも、元はといえばリーヴの誤りが原因です。
今回、福田准教授の成果により、日本のサザエは事実上の新種として扱われることになります。日本のサザエには新たな学名「トゥルボ・サザエ」がつけられることになりました。
(写真3)リーヴの文献に示されたサザエ。日本のサザエの特徴である長い刺を持っているにも関わらず、誤って「トゥルボ・コルヌトゥス(ナンカイサザエ)」と判断された。
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記事執筆:斉藤勝司
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