[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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わかる科学

おうちで出来る楽しい理科実験
~コップにくんだ水の上面に乗っているサラダ油層に、ミルクの玉をスポイトでそっと置く~

(2024年8月16日)

 台所で水とサラダ油とミルクだけでできる実験を紹介する[1]。すべて常温のままでよい。簡単に始められるが、図1のように現れる多彩な振舞いに時間を忘れる。メカニズムを考えると「よくわかっていないことばかりではないか?」と感じる。

図1.
写真(左)が実験で現れるもの。(右)は模式図。横に積まれた3層のうち、上が空気層、中央の層がサラダ油層で厚み 6mm、その下が水の層。
 

■準備するもの

図2. 実験の準備。容器は4個ほど用意して、サラダ油層の厚みをいろいろ変えると面白い。

・水を入れる容器。普通の丸いコップでよいが、丸みによるレンズ効果をさけるため、ここでは、四角い容器(アクリル製、横幅9cm、奥行き4cm、高さ9cm)を使った。(図2

・牛乳を入れる容器。ここでは200㎖メジャーを使った。図2

・スポイト。化粧品詰め替え用注射器型スポイト(2.5㎖用など)が良い。普通の文具のスポイトでもよい。図2

・水(水道水)

・サラダ油(市販のもの)

・牛乳(ミルク、市販のもの)

・カメラ(スマホなど)

・ストップウォッチ(秒針のある時計でもよい)

・記録用のノート(多彩な現象なので実験ノートを作って気がついたことを書き留めておこう。)

 

■実験の仕方

 容器に水を7分目ほどくみ、その上にサラダ油の層(厚さ6mm)を作る。サラダ油は水と混ざらず、その密度は水の91~92%なので、しばらく経つと上部に層状に分離して安定化する。そこへ、スポイトで、ゆっくりミルクを直径5mm程度の球になるように油層の上に置く。

 

■実験の結果

 ミルクの密度は水の103~104%もあり「重い」ので、すぐ落下していくと予想したが、図3のように油層の中に数十秒の間、球体(玉)として留まっている。

 その後、図4のように玉が油層の下にもぶら下がる形になる。

 玉によっては、図5のように、ある点からミルクが筋を描くように漏れている。これは玉の表面に油の薄膜が作られて油層から落下しないように支えていることを示している。よく見ると玉から漏れたミルクの筋は油の薄膜の破れた点から出ている。

 数十秒の間には、図6のように、玉は水の中をきれいな球形で落ちていく。

図3. 油膜のあたり。ミルク玉は空気と油の境界面から入り込み、やがて水の面に出てくる。
図4. 玉のぶら下がり。油の下面(水の上面)ではほぼ球形になってくっついている。
図5. ミルクの漏れスジ(部分)。ミルク球の中には、ミルクを筋のように漏らすものもある。球体の表面に出来た薄膜の破れであろう。
図6. 1玉落下 薄膜に破れのないものは、やがて、水の中へ落下してくる。

 

■実験の発展

 玉自体の落下は重さ(密度)の差を考えると、当然の現象と思われるが、油層のミルクの玉の数を増やすと、図7のように落下の際に2つの玉がくっついて落下する振る舞いが見られた。落下の直前に上の玉が引き伸ばされていることがわかる。これは、この系での界面張力(表面張力)の重要な働きを表している。

 さらに、ミルクの球体を増やすと、図8に示したように3玉が結合して落下するようすが観察された。そして、どんどん玉を増やすことが可能であって、図9の場合は、5玉の落下、図10の場合はたくさんの玉の落下である。

図7.
写真(左)は2玉の合体による落下。落下の際に近くにある玉と合体するものもある。(右)はその模式図。
 
 

図8. 3玉の合体による落下。直列に3個の場合、先端の玉が他の小さな玉2個を引き連れているように見える。
図9. 5玉が合体して落下し始める過程。鉛直軸上で平板状になろうとしている。

図10. たくさんの玉が落下する過程。平板状になっている。
 

■実験をどう考えるか

 このように玉が合体し塊になって落下するしくみを考えよう。
 水は大きな表面張力を持つが、ミルクはその50%程度、サラダ油は40%程度しか持っていない[2]。ミルクは「重い」ので、ゆっくりと落ちるが、表面張力によって球体(玉)になっている。その玉は油層から水相へ出る(落ちる)際に、下半分(半球)あたりに極めて薄い油の相(薄膜)を作る。これが界面張力のネットとして働き、ミルクの玉はなかなか下の水中に落ちない。落ちるには、ある程度大きくなって重力を効果的に受ける必要がある。そのため、近くに同じくらいの大きさのミルクの玉があると、それらは結合する傾向がある。それは、重量は2倍だが、実質的な表面積は2倍より減少するからである。    

 つまり2つのミルクの玉は合体した方が落下しやすい。これは、さらに、3つ、4つ、5つ—と合体していくメカニズムを推測させる。
 この実験中、予測していないことが起こった。図11のように、水の底面から突然、黒い玉が上っていった。これは、サラダ油の軽い(密度の小さな)玉であろう。ミルク玉の膜として底面まで持ち込まれたサラダ油が集まって塊となったものであろう。これも、表面張力(界面張力)によって球形になっている。

図11. まれに、水の底面から上昇していく黒い玉が観察される。これはミルク球の表面にあったサラダ油が軽い(密度の小さな)塊となったものであろう。なお、左の白い広がりは、たまたまミルク球が水中で崩壊したもの。クラゲのような形になる。これらはさらなる研究テーマになる。

 これらの多彩な現象を眺めていると、化学と物理の間には未だよくわかっていない多彩なテーマが沢山あると思う[3~5]。なお、油の種類、ミルクの状態により振舞いは変わることも指摘しておく。

 

■最後に

 ここでの方法は、人工細胞という最先端の研究でも使われている[6]。

 細胞は内包物集合体(ないほうぶつしゅうごうたい)が膜で覆われた球体に近い構造である。そこで、水の上に膜の素材からなる層を作り、上から細胞の内包物集合体に対応するものを落下させて人工細胞を作ることが行われている。内包物集合が膜で覆われているものが量産されることになる。本記事は、その実験[6]からヒントを得た。

 

 

【参考】
[1]このテーマは、夏目雄平「水と油のふしぎ」として各地での実験講演会で公開している。また、YouTubeにもアップロードしてある;https://www.youtube.com/watch?v=mv_jysZzOE0

[2] 国立天文台編「理科年表、2024年版」(丸善出版)p.404によると、水の表面張力は常温で約70✕10-3Nm-1である。これに対して、ミルクは30✕10-3Nm-1程度、他方、油類は25✕19-3Nm-1程度。表面張力は単位長さあたりの力であるが、見方を変えると、表面が単位面積あたりに持つエネルギーとも言える。
[3] 夏目雄平「やさしい化学物理~化学と物理の境界をめぐる」(朝倉書店)第12章 、第13章 水のふしぎ。
[4] 夏目雄平「やさしく物理~力・熱・電気・光・波」(朝倉書店)第6章、第7章、第8章。
[5] 小林正光、野村裕次郎、数研出版編集部「もういちど読む数研の高校化学」(数研出版)。
[6] Yuno Natsume,”Thermo-Statistical Effects of Inclusions on Vesicles: Division into Multispheres and Polyhedral Deformation”, Membranes 2022, 12(6), 608; https://doi.org/10.3390/membranes12060608

夏目 雄平(なつめ ゆうへい)

千葉大学名誉教授・グランドフェロー(国際教育センター最年長講義担当者)。固体物性物理学専攻。ロングセラーの著書に「計算物理Ⅰ」「同Ⅱ」「同Ⅲ」(朝倉書店)がある。最近の著書に「やさしく物理」(朝倉書店)、「やさしい化学物理」など。旅の本「小さい駅の小さな旅案内」(洋泉社新書)など。NHK-TV「世界オモシロ学者のスゴ動画祭」へ2回出演。ほぼ毎週土曜日11amに「なつめサイエンスカフェ55分」を開いている。