おうちで出来る楽しく美味しい理科実験 ~ホイップクリーム作りで知るソフトマターの仕組み~
(2021年5月01日)
生クリームを泡立ててホイップクリームにする際に、攪拌(かくはん、混ぜること)をどの程度するのがよいのでしょう? ホイップクリームは滑らかな感触を保ちながらも、角(ツノ)のように立ち上がった部分が保たれるあたりが食べごろです。この瞬間が最もおいしいですね。ところが、食べごろは攪拌をし過ぎると失われます。そしてベトッとした脂肪の塊と化してしまいます。これは何故なのか、実験しながら考えてみましょう。
容器を氷で冷やす方が塊になりやすいです。図1のように生クリーム(乳脂肪30%以上)に砂糖を7%程度加えたものを攪拌器でかき混ぜていきます。図2のように攪拌20分程度で攪拌器にタラッと絡みつく感触になります。そして、図3のように24分位から全体がかたまりはじめて攪拌器が重く感じられるようになります。このあたりからが食べごろです。
ところが、さらに攪拌していくと表面にザラツキが生まれてきます。バター粒化が起こるのです。そして、図4のように、攪拌33分では全体がすっかりバターになってしまいベトベトになります。
図5には、それぞれの攪拌時間に出来た状態を並べてみました。
一体、攪拌で何が起こっているのでしょう?これを模式的に描いたのが図6です。牛乳は脂肪球が水の中に分散している「コロイド」と呼ばれる状態です。疎水性(そすいせい)という水を避ける性質のある脂肪球と脂肪球が水の中でくっ付かないのは、脂肪球の外側にあるカゼインと言う親水性(しんすいせい、水をひきつける性質)を持つたんぱく質のおかげです[1]。
牛乳からさらに水を抜いたものが生クリームです。それでも脂肪が一様に水に混じっているように見えるのは図6①のように、カゼイン(赤いヒモ)が協力して脂肪球(緑の球)同士の接近を防いでいるからです。このカゼインのつながりをカゼインゲルと言います。
かき混ぜるということはカゼインゲルのつながりを壊すことです。脂肪球と脂肪球は直接接触する部分が増えて来ます。脂肪球はどんどんつながってきます。この時、図6②のように、攪拌が空気を取り込んでいると、うまく脂肪球がつながりながらも全体が孔を持った立体構造になって空気の泡(黄色の球)が出来ます。全体の体積が1.8倍程度に増し、密度が小さくなります。これがフワッとして膨らみつつ角(ツノ)が立った状態です。
ところがさらに攪拌すると、図6③のようにカゼインのつながりも完全に無くなって、脂肪球がどんどん密にくっ付いてきます。脂肪球自体が壊れていると見るべきでしょう。空気も追い出されてもはや全体の滑らかさもなくなります。体積は減り、密度のおおきな単なる脂肪の塊となってしまうのです。これがバター粒です。これをきれいに練ったものが製品としての「バター」です。
ソフトマター(やわらかい物質)は、物理学の用語で液体と固体の中間的存在で、その構造を持ちながらも流動性のある物体をしめします。基本構造が大きくその集合体は比較的ゆっくりとした動きを持っているのが特徴です。
今回話題にした牛乳や生クリーム、バターは水と脂肪球が混ざりあったソフトマターです。ホイップクリーム作りの中で様々な状態のソフトマターを観察することができます。
【参考文献】
[1] 夏目雄平「やさしい化学物理~化学と物理の境界をめぐる」(朝倉書店)
夏目 雄平(なつめ ゆうへい)
千葉大学名誉教授・グランドフェロー(国際教育センター)。固体物性物理学専攻。最近の著書に「やさしく物理」(朝倉書店)、「やさしい化学物理~化学と物理の境界をめぐる」 (朝倉書店)など。 「理科の探検」 (SAMA 企画)編集委員など。文系の著書に「小さい駅の小さな旅案内」 (洋泉社新書)など。各地でサイエンスイベントを行っている。
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