[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

わかる科学

カラフルな霊長類の色覚は優れているのか?

(2023年10月15日)

 霊長類(れいちょうるい)は他の哺乳類(ほにゅうるい)と比べるとカラフルです。大部分の哺乳類は、黒色や茶色、灰色などの落ち着いた色合いが多く、体色の色彩にバリエーションがあまりみられません。ところが、霊長類には体にみられる色彩が鮮やかなものが多く、たとえば、いくつかの種では、赤橙色の体毛や真っ赤な皮膚などがみられます。

 

各霊長類の体の色彩の特徴をまとめたイラスト。これらの特徴がスコア化された。イラスト:Barnabas Caro (https://barnabas.studio/)。[Biological Journal of the Linnean Society. Blad089 より引用]

 

 動物の体にみられる色彩には、天敵による捕食の回避、体温の調節、仲間へのシグナル伝達など、さまざまな役割があることが知られています。たとえば、霊長類の顔や肛門部の赤い皮膚は、種内での順位序列における地位や繁殖能力を示すシグナルとして役立つと考えられています。

 霊長類で色彩が豊かなのは、その色覚と関係しているかもしれません。というのも、霊長類は他の哺乳類と比べると、色覚が優れていて、色を見分ける能力が高いことが知られているからです。他のすべての哺乳類が赤と緑を識別できない、つまり赤と緑が同じ色に見えるのに対し、霊長類(ヒトを含む)の中には赤と緑を区別できる種がいるのです。このように発達した色覚は、熟した赤い果実や栄養価の高い赤い若葉を葉の中から見つけやすくするために進化したという仮説があります。さらに霊長類の一部が示す鮮やかな体の色彩を見つけやすくする効果もあると考えられています。しかし、霊長類の体のカラフルさと発達した色覚との関係については、未解明でした。

 このほど、ブリストル大学(イギリス)の研究グループは、これまでの予想に反して、色覚の優れた霊長類がカラフルな体毛や赤い皮膚を持つ確率は、高くないことを報告しました。この成果は国際誌『Journal of the Linnean Society』に掲載されています。

 研究グループは、霊長類の一部で赤と緑を区別できる色覚系が発達したことが、体のカラフルな色彩の進化を促進したかどうかに注目しました。そこで、霊長類449種のうち161種について、例えば、生殖器や顔の皮膚が赤いか、体の各部位に赤橙色の体毛があるかなどの色彩的特徴で分類してスコア化し、霊長類の系統を考慮しながら、それぞれの種の体の色彩と色覚能力との関係を調べたのです。

 これまで、霊長類がカラフルな皮膚や体毛を持つのは、発達した色覚と関係していると長らく信じられてきました。しかし、今回の研究では、優れた色覚を持たない霊長類の種でも、赤い皮膚やカラフルな体毛が社会的コミュニケーションに有益であるという可能性が示されました。このことは、近年霊長類の色彩について多くの研究がなされているにもかかわらず、霊長類の色彩の進化がもたらされたメカニズムについて、まだ理解できていないことがあると研究グループでは説明しています。新たな謎について、さらなる研究に期待が高まります。

 

【参考】

・Macdonald R.X. et al. (2023) Primate coloration and colour vision: a comparative approach. Biological Journal of the Linnean Society. Blad089. https://doi.org/10.1093/biolinnean/blad089

 

保谷 彰彦 (ほや あきひこ)
文筆家、植物学者。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専門は植物の進化や生態。主な著書に新刊『ワザあり! 雑草の生き残り大作戦』(誠文堂新光社)、『生きもの毛事典』(文一総合出版)、『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(共にあかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)など。中学校教科書「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」掲載中。
https://www.hoyatanpopo.com