ゲルの持つ「負の」エネルギー弾性を発見
(2021年3月15日)
ゲルとはゼリーやソフトコンタクトレンズなどの柔らかくてウェットな素材のことです。ゲル独特の柔らかさはどこからくるのか、その理由がこのたび明らかになりました。それは「負のエネルギー弾性」です。これまで、ゲルの柔らかさはエントロピー増大の法則とも呼ばれる「熱力学第二法則」に基づくエントロピー弾性で説明できると考えられていました。
ゲルを引き伸ばすと分子の方向が一定程度同じ方向を向いた状態になってから、元の乱雑な状態に戻ろうとします。これはまさにエントロピー増大の法則に従っていると言えます。ゲルとよく似たものにゴムがあります。ゴムはゲルから水を蒸発させたもので、ゲルもゴムも柔らかなエントロピー弾性を持ち、ともにエントロピー増大の法則で説明できると長い間考えられていました。
弾性とは物質に外力が加わって変形した場合、元に戻ろうとする性質のことです。弾性には、エネルギー弾性とエントロピー弾性の2種類があり、前者は、内部エネルギーの変化による弾性で、外部から力が加わった場合、原子と原子の間の距離が変化することによって生まれます。後者は外力がかかり減少したエントロピーが元の大きさに増大することで生まれる弾性です。ゴムとゲルはともにエントロピー弾性を示す材料と考えられていたのです。
「負のエネルギー弾性」を発見したのは、東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻の吉川祐紀大学院生(博士課程2年)、作道直幸特任助教、酒井崇匡教授らの研究グループです。
研究グループは、ゴムやゲルの弾性に関する長年の定説は間違っており、ゲルの弾性はエントロピー弾性だけでなく「負のエネルギー弾性」との合計で決まることを発見しました。負のエネルギー弾性とはどういうものでしょうか。
研究グループは、50種類以上の異なる高分子網目構造を持つゲルを正確に作り分け、その「柔らかさの温度変化」を測定し熱力学的な解析を行いました。
その結果、外力が加わったゲルが元の形に戻ろうとするとき、エントロピー弾性が生じると同時に反対向きの力も生じ、この二つの力の合計でゲルの柔らかさが決まっていることを発見しました。この負のエネルギー弾性はゲルが保持している水に起因し、水の割合を減らしてゴムの成分に近づけると小さくなることも明らかになりました。
ゲルは、ゼリーなどの食品の他、生体に直接触れる医療材料としても使われています。ゲルの特殊な弾性の理解とその制御は、生体に適合した材料を作るために役立ちます。今後は、実験の他、数値シミュレーション・解析理論を組み合わせてゲル特有の弾性の完全な理解・制御の実現を目指したいと研究者は考えています。
【参考】
サイエンスライター・白鳥 敬
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。