[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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シカが増加した影響で森林が持つ炭素の蓄積量が減少していた

(2024年6月15日)

 近年、日本全国でシカが増え、その影響が森林に表れ始めています。例えば、シカが好んで食べる植物が減少する一方で、食べようとしないアセビなどの植物が増え、森林中の植物(下層植生)は大きく様変わりしています。また、樹木が枯れて太陽光が地面に届く空間(これを「ギャップ」と呼びます)ができた場合、通常、新しい樹木が芽吹いて、ギャップを埋めるのですが、若木がシカに食べられてしまい、地面がむき出しになる裸地(らち)化も進んでいるといいます。

 

 こうした見た目に分かる変化だけでなく、シカ増加の影響は森林が持つ炭素を貯留する機能にも及んでいると心配されています。植物は温室効果ガスの二酸化炭素を吸収して育つことから、森林が健全であれば地球温暖化の抑制に貢献してくれるはずですが、森林が変化することで本来の炭素蓄積量が目減りしているかもしれません。そこで九州大学の研究グループは、同大学が管理する宮崎演習林で、森林の炭素貯留機能へのシカの採食の影響を調べる研究に取り組みました。

 

 演習林内の天然林は広葉樹と針葉樹が混ざった針広混交林なのですが、すでにシカ増加の影響があらわれていることから、まず天然林を「森林下層の下草、低木など(下層植生)がある針広混交林(PU)」、「下層植生が失われた針広混交林(NU)」、「シカが好まない植物の優先する低木林(SR)」、「ギャップができた後、新しい樹木が育っていない裸地(CG)」に区分しました(図)。PUはシカの採食の影響を受けておらず、NU、SR、CGはシカの採食の影響を強く受けているとみなして、それぞれの区域で、樹木の種類や数などの森林の状況、そして地上と地下の炭素蓄積量を調べました。

図:(a)九州大学の宮崎演習林においてシカの採食の影響で生じた変化。(b)下層植生が維持されている針広混交林(PU)。(c)下層植生が失われた針広混交林(NU)。(d)シカが好まないアセビが優占する森林(SR)。(e)高木が枯れて太陽光が差し込むようになったギャップ地。
[Forest Ecology and Management 論文 Fig.1より引用(CC BY-NC 4.0 DEED ライセンス)]
 

 その結果、シカによる採食の影響で、地上部の炭素蓄積量は最大59%減り、地下部を含む生態系全体の炭素蓄積量は最大49%減少させている可能性が示唆されました。全国的にシカが増加していることを考えると、広い地域で同様の炭素蓄積量の減少が起こっていることは否定できません。健全な森林を保全するだけでなく、地球温暖化の抑制につながる炭素の蓄積機能を維持するためにも、シカの食害対策に取り組むことが求められます。

 

【参考】

■九州大学プレスリリース
シカの増加は森林の炭素貯留機能を半減させた

 

■「Forest Ecology and Management」に掲載された論文
Reduction in forest carbon stocks by sika deer-induced stand structural alterations
https://doi.org/10.1016/j.foreco.2024.121938

 

斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。