チンパンジーの感情は鼻に現れる!?
(2022年11月01日)
チンパンジーには、私たちと同じような感情があるのでしょうか? これは古くから人々が抱いてきた疑問ですが、それを詳しく調べる方法がありませんでした。
このほど、ヌーシャテル大学(スイス)などの研究グループは、野生チンパンジーの鼻の温度がストレスの指標となり、感情を評価する手がかりになりうることを明らかにしました。
チンパンジーなどの類人猿では、鼻の温度は、ある種の感情に反応して変化することが知られています。例えば、近年の赤外線サーモグラフィ技術の進歩により、いくつかの研究から、ポジティブな感情に反応して鼻の温度が上がり、ネガティブな感情に反応して温度が下がることが示されています。この現象は飼育チンパンジーでの実験によって確認されていますが、野生チンパンジーでも使えるのかは確かめられていませんでした。
そこで、研究グループでは、ウガンダのジャングルに生息するチンパンジーの群れを対象にして、その仮説を検証しました。チンパンジーたちは、1日に数回、群れで集まって、エサを食べます。その際、約7mの距離から小型の赤外線サーモグラフィーを顔に当て、鼻の温度を測定しました。
その結果、食事中のストレスレベルは、イチジクと肉というエサの種類によって変化することがわかりました。イチジクよりも肉を食べたときの方が鼻の温度が低かったのです。イチジクはたくさん食べられるエサなので、特別な感情を抱くことがないと考えられます。一方、ある個体が強い感情を引きおこすような肉類が登場すると、他の個体では鼻の温度がより低くなりました。チンパンジーにとって、肉はあまり手に入らないエサなので、群れの中で肉をめぐってよくケンカが起こります。頻繁に生じるケンカや盗み食いに対して、鼻の温度低下はそのストレスを反映していると、研究グループでは解釈しています。
また、食事中の群れにオスがいると、他の個体の鼻の温度が上がり、ストレスレベルが上がることがわかりました。これは、特に支配的なオスがエサを横取りするために、よく仲間をいじめることと関係があると考えられます。それを示すかのように、食事中の群れにメスしかいない場合、鼻の温度は下がりませんでした。
さらに、個々のチンパンジーでは、より親しいパートナーといるときには、鼻の温度が上昇することを発見しました。これはポジティブな感情を示していて、仲のよいパートナーと一緒にいることによる安心感のようなものと推測されます。
今回の手法は、ヒトに最も近縁なチンパンジーやボノボなどの野生の類人猿で、その心理を理解するための新しいツールになると研究グループでは考えています。どうやらサルの心理は鼻の温度に現れるようです。
【参考】
・Barrault C. et al. (2022) Thermal imaging reveals social monitoring during social feeding in wild chimpanzees. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences. 377: 20210302. http://doi.org/10.1098/rstb.2021.0302
保谷 彰彦
文筆家。植物学者。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専門は植物の進化や生態。主な著書に新刊『生きもの毛事典』(文一総合出版)、『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(共にあかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)。中学校教科書「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」掲載中。
https://www.hoyatanpopo.com