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ムール貝の接着メカニズムを参考に容易に着脱可能な水中接着剤を開発

(2024年11月15日)

 病気の診断や治療に用いられる医療機器は体内や体表面で使われるため、湿気に晒されても十全に機能することが求められます。例えば、体から発せられる微弱な生体電気を測定するバイオエレクトロニクス機器は、多少の湿気を受けても安定して皮膚表面に貼り付いていなければなりません。そのため強力な水中接着剤が求められていますが、接着力が強すぎると、無理に剝がそうとして、生体組織を傷つけるだけでなく、医療機器を壊してしまう恐れがあります。

 そこで東北大学学際科学フロンティア研究所の研究グループは、湿った環境で強い接着を保ちながらも、容易にはがすことができる水中接着剤の開発に取り組むことにしたのですが、その際、ムール貝を参考にすることにしました。

 ムール貝は足糸(そくし)と呼ばれる繊維状の物質を分泌して、岩や岸壁などの硬い構造物にしっかりと付着します。足糸にはカテコール基という化学構造が多く含まれていて、カテコール基によって水中でも強固に接着する一方で、ムール貝は外部から刺激を受けると素早く固着面から離れることができます(写真)

ムール貝は繊維状の足糸を分泌して、強固に岩などに付着します。この特徴を参考に、東北大学の研究グループは水中接着剤の開発に取り組みました。©東北大学 阿部博弥
 

 この特徴を参考に研究グループは、カテコール基を持つ神経伝達物質の一種のドーパミン、温度変化に応じて性質が変化する温度応答性高分子のPNIPAm(ポリ(N-イソプロピルアクルスアミド))を加えて水中接着性ハイドロゲルを作製しました。

 PNIPAmは、体温に近い温度を境に性質が変化することが知られており、32℃以下だと水になじむ性質(親水性)になるのに対して、32℃以上だと水をはじく性質(疎水性)になります。この特徴を利用することで、温度を変化させることで接着性を制御できるようになりました(図1)

 
図1. 開発された水中接着剤は体温に近い温度で性質が変化し、体温では強く接着するのに対して、室温まで温度を下げると用意に剥離することができます。
(左上黄色部分は、電気計測の際の電気をイメージ) ©東北大学 阿部博弥

 

 開発したハイドロゲルをガラス、チタン、アルミニウムなどに貼り付けたところ、体温以上の温度だと100kPa(キロパスカル ※圧力を示す単位で、100kPaは1cm2に1kgの重さが加わった状態を示します)以上で強く接着したのに、温度を体温以下に下げると接着力は約0.1 kPaまで低下し、温度変化によって1,000倍以上の接着力の差を制御できることを確認しました。

 水中で生体電気信号を計測するため、電極を埋め込んだゲルを腕の皮膚に貼り付けたところ、市販のハイドロゲルでは水を吸って膨張して、すぐに剥がれてしまいましたが、開発された水中接着性ハイドロゲルは体温以上の温度で皮膚に貼り付き、10分以上、連続して電気信号を計測することができました(図2)。室温まで冷やすことで剥がせることを確認しており、水中接着性ハイドロゲルが実用化されれば、生体電気信号を測定しやすくなるほか、創傷の治療などにも役立てられると期待されています。

図2. 電極を埋め込んだ水中接着性ハイドロゲルを腕に貼り付け、40℃の温水に入れたところ、10分以上、安定して生体電位を測定できることが確認されています。
©東北大学 阿部博弥

 

【参考文献】

■東北大学プレスリリース

体温付近で接着力が1000倍変化する 脱着可能な水中接着剤を開発 ‐ムール貝からヒントを得た接着メカニズム ‐

■論文

Mussel-inspired thermo-switchable underwater adhesive based on a Janus hydrogel

 

斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。