リハビリテーションに新知見 自己の行為を通して運動能力を向上
(2021年2月01日)
自分の体の一部を見て、自分の体と気づくことは、当たり前のように思えますが、このときの身体感覚には身体所有感と運動主体感の二つがあるといいます。前者は、自分の手足など体の一部分を見ることで、それが自分の体だと感じる感覚。後者は、それが動いていることによって自分の体だと感じる感覚です。
現在、病気などで失った運動機能を回復させるリハビリテーションや運動能力の向上を目指す研究が世界的に行われています。しかし、身体所有感と運動主体感は、自分の体を見ている本人には区別がつかず、この二つを実験的に分離して解析することは難しいと考えられていました。
このたび、東北大学大学院情報科学研究科の松宮一道教授は、被験者にヘッドマウントディスプレイを装着させ、バーチャルリアリティーの技術を用いて、本人の手がある位置にCGによって描かれた手が見えるようにして、「身体的所有感はあるが運動主体感がない状態」と、その逆に「運動主体感はあるが身体的所有感がない状態」の二つの状態を人工的に作りだす手法を開発しました。この手法で実験を行った結果、運動能力の向上に関わっているのは運動主体感だけであることが明らかになりました。この発見は、運動的主体感を人工的に操作することによって運動能力を改善できることを示しています。
これまで謎と言われてきた身体意識の正体は、実は運動主体感だったのです。この研究はバーチャルリアリティーという情報科学の観点から人間の身体認知のメカニズムを解明したものといえます。運動機能障害のある患者には、心の中で感じている手足の違和感があり、この「心の中の身体」とも言えるものを回復させることが、リハビリテーションの効果の鍵を握っているのです。
近年、国民の高齢化が進み、加齢による運動機能障害や、脳卒中などの病気に起因する運動麻痺の治療・リハビリの需要が急増しています。
今回の研究は、バーチャルリアリティーを活用した人工的な運動操作によって患者に運動主体感を強く感じてもらうことで運動機能を改善し、さらには義手・義足などの運動制御能力を改善できると期待されています。
【参考】
・自分の身体ではなく、自分の行為への気付きが、運動能力を向上させる
~運動主体感の人工的操作がリハビリテーション成功の鍵~
サイエンスライター・白鳥 敬
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。