[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

わかる科学

世界一長い貝は、餌を食べずに生きている?

(2017年6月01日)

殻から取り出されたエントツガイの姿
(画像提供/University of Utah)

 世界で一番長い貝類として知られているのがエントツガイです。長いものでは体長が155cmにもなり、直径は6cmほどと推定されています。なぜ推定なのかというと、これまで生きているエントツガイは研究されたことがないからです。残された殻により、存在自体は18世紀には知られていましたが、体のつくりや暮らし、生息地など、その多くは謎に包まれていました。
 
 このほど、ノースイースタン大学(米国)のダニエル・ディステル博士は、フィリピン大学やユタ大学(米国)などと共同で、生きたエントツガイを調べることに成功しました。この研究成果は、国際的な科学雑誌『米科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載されています。
 この研究のきっかけになったのは、フィリピンのテレビ局で放送されたドキュメンタリー番組でした。そこにエントツガイを思わせる貝の姿が映し出されていたのです。研究チームは、フィリピン・ミンダナオ島の水深3mほどの海で、2シーズンかけて合計5個体を採集しました。
 実験室に運ばれたのは、筒状の殻。その端の部分を丁寧に割ると、中から生きたエントツガイが現れました。黒くて長い、ニョロニョロとした姿をしています。長い体の端には口があり、もう一方の端には2つに分かれた管があります。カルシウムの殻に覆われたエントツガイは、海底の泥の中で、口を下にして、2つに分かれた管だけを泥から出しています。2つの管は、海水の吸入と排出の働きをしているようです。
 筒状の殻により、エントツガイの口はふさがれていました。これでは、餌を食べることができません。解剖すると胃や腸などの消化器官が萎縮していて、やはり口から餌を食べていないことが推測されました。では、世界一長い貝は、どこから栄養を得ているのでしょうか? 
 
 この謎を解くヒントは、エントツガイの近縁種フナクイムシに隠されていました。フナクイムシという貝は、船底に使われる木材や海底に沈んだ木材などを主な餌にしています。フナクイムシ自身は木材の主成分であるセルロースを消化できませんが、セルロースを分解する細菌と共生して栄養を得ているのです。
 そこで、博士たちはエントツガイにも共生細菌がいると予想し、解剖の結果、えらに棲む化学合成細菌を発見しました。多くの生物にとって硫化水素は有毒ですが、この細菌はそれを利用して栄養をつくり出すことができます。実際に、エントツガイが発見された海は堆積した有機物が豊富で、泥の中から硫化水素がわき出していたといいます。どうやらエントツガイは自らは餌を食べずに、化学合成細菌と共生することで世界一長い体をつくっているようです。
 
           採集したエントツガイの体を調べているディステル博士たち。
         (画像提供/Daniel Distel (Northeastern University)and Margo Haygood
    (University of Utah))
 
子供の科学(こどものかがく)
 小・中学生を対象にしたやさしい科学雑誌。毎月10日発売。発行・株式会社誠文堂新光社。
最新号2017年6月号(5月10日発売、定価700円)では、「錯視」を特集。静止画が動いて見える、真っすぐの線が斜めに見える、同じ色が違って見えるなど、世の中には奇妙な現象がある。この特集ではそんな錯覚を体験しながら、その不思議にせまっていくゾ。他にも、水中の食虫植物タヌキモや、16歳の変形菌研究者・増井真那君へのインタビューなど、読み応えのある記事が満載。立体錯視が自分でつくれる「型紙付録」もついているよ。
記事執筆:保谷彰彦