国の天然記念物、阿寒湖のマリモを守るのに利用的な水温は?
(2023年11月01日)
細い糸状の藻(も)が集まって球形になるマリモは、日本では阿寒湖(あかんこ)に生息しているものが有名ですが、日本以外では北ヨーロッパに分布しています。しかし、直径が20cmを超えるような大きなマリモは近年減っていて、現在、阿寒湖が世界で唯一の巨大マリモの群生地と考えられています(写真)。それだけに阿寒湖のマリモは大変貴重であり、神戸大学、北見工業大学、釧路市教育委員会などの研究グループは阿寒湖のマリモを守るための調査研究を続けています。
これまでの研究で、私たち人間の病気の診断に使われる「磁気共鳴画像診断(じききょうめいがぞうしんだん、MRI)」という技術で観察することになり、マリモにも木と同じような年輪があることが分かっています。研究グループは様々な大きさのマリモをMRIで観察することで、年輪の厚さからマリモの成長速度を調べるとともに、巨大マリモが生息し続ける上で理想的な水温を明らかにする研究に取り組みました。
そもそもマリモは成長するうちに内部が空洞になり、直径20cm以上の大きなものだと厚さは最大4~5cm程度です。内部が空洞なら大きさの割に軽くなるため、波にあおられて回転しやすくなります。回転によって一部が日光に浴びれないということがなくなれば、より光合成できるようになるはずで、大きなマリモほど早く成長すると考えられました。
そこで直径3cmから22cmまでのマリモをMRIで観察したところ、予想通り、大きなマリモほど成長は早くなり、マリモが直径5cmから10cmになるのに約6.6年かかるのに対して、直径15cmから20cmになるのには約4.6年しかかからないことが明らかになりました。直径5cmから20cmに成長するには14.2年から18.5年かかることも判明し、これをもとにマリモの年齢を推定できるようになりました。
さらに研究グループはマリモの内部が分解される速度と水温の関係を明らかにする実験にも取り組みました。過去の研究でマリモの内部が分解されて空洞になる一方、分解された藻は表層の藻の栄養になることが明らかになっています。そのため直径15cmのマリモを水槽で育てながら、定期的にMRIで調べながら、水温と照らし合わせた結果、水温が高いほど分解が早く進み、マリモが痩せることが明らかになりました。
こうした研究で得られたマリモの成長速度、分解速度に基づいて、過去の水温データからマリモの厚さを試算したところ、1988年のマリモの厚さは4.7cmであったのに近年は3.7cmだと試算され、約35年間でマリモの厚さが平均1cmも薄くなっている可能性が示されました(図)。
マリモが球形を保つには、ある程度の厚さが必要で、今後、地球温暖化が深刻化していけば、薄くなりすぎてマリモが球形を保てなる可能性も否定できません。研究グループはマリモを保護していく上で理想的な気温を試算しました。その結果、実験で用いた直径15cmのマリモの4.1cm以上の厚さを保つには、夏の最高水温が24℃程度であることが判明しましました。今回の研究でマリモの成長に水温が大きく影響することが分かったのですから、今後は水温の観測を続け、阿寒湖をマリモにとって適した環境に保つことが求められています。
【参考】
・神戸大学プレスリリース マリモが痩せている? 〜巨大マリモの理想的な水温環境を解明〜
・Ideal water temperature environment for giant Marimo (Aegagropila linnaei) in Lake Akan, Japan
斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。