広視野2光子顕微鏡開発 脳全体のネットワーク活動をとらえた!
(2021年5月15日)
脳機能の研究は近年急速に進んでいますが、脳の活動には未解明の部分が多くあります。脳はさまざまな機能を処理する領域の集合体で、視覚や聴覚など外界からの刺激に対応して活動する領域が明らかになっています。しかし、脳全体の広域ネットワーク活動をみると、各領域が相互作用をしながら脳全体の機能が発現することが分かっています。
そのためには脳の情報ネットワーク全体の活動を詳細に観察する必要がありますが、これまで、脳を広視野・高解像度で観察できる装置はありませんでした。
今回、理化学研究所脳神経科学研究センター触知覚生理学研究チームの村山正宜チームリーダーらの研究グループは、広視野・高解像で高速撮影できる、世界初の2光子顕微鏡を開発しました。2光子顕微鏡とは、1つの蛍光分子が近赤外光領域の2つの光子を同時に吸収して励起(れいき)状態になる現象を利用するもので、生体深部を非侵襲(ひしんしゅう)のまま高解像度で調べることができます。脳活動を観察する方法としては、fMRIやX線CTがありますが、2光子顕微鏡はそれらに比べて高い解像度で細胞一個レベルの観察ができます。
課題は視野が狭く一度に観察できるエリアが限られていることでした。視野を広くしようとすると解像度が落ちてしまいますし、記録速度も遅かったため、脳の多領域にわたる細胞レベルの広域ネットワークの観察には力不足でした。
今回、研究グループは、新たに大口径対物レンズ及び大型の高感度・高出力の光検出器(センサー)を開発し、これらを組み込んだ2光子顕微鏡「FASHIO-2PM」を構築しました。
広視野のレンズは低倍率である必要がありますが、低倍率では解像度が低下してしまいます。またレンズによる収差(像の歪みや焦点の合う位置が中央と周辺で異なる現象)がでてきます。そこで研究グループは大きな口径の対物レンズでありながら収差の少ない高解像度のレンズを新たに開発しました。また、脳神経の活動を高い時間解像度で観察できるようにするため、大口径の光検出器も開発しました。
この新型2光子顕微鏡によって、従来の36倍の広さである9mm2の範囲を7.5Hz(ヘルツ、1秒間に7.5画面)という高速で観察することを可能にし、マウスの大脳皮質2層に存在する1万6,000個以上の神経細胞の活動を測定することに成功しました。
観察したデータを用いて細胞レベルのネットワーク解析を行ったところ、大脳皮質がスモールワールド性(最小のネットワーク結合で全体をつかさどること)を持っていることを発見しました。
また、3mmほど離れた神経細胞が同期して活動していることや、100個以上の神経細胞と機能的な結合を持つハブ細胞も発見されました。さらに、機能的結合強度に基づいてネットワーク構造を解析し可視化してみたところ、特定領域内の短距離結合の他、脳領域を横断する長距離結合も存在することも発見されました。脳の情報処理は一部の領域だけでなく脳全体でも行われていたのです。
神経回路などの目に見えない世界の研究が進んでいるなか、昔ながらの光学式顕微鏡も役に立っているというわけです。細胞レベルで広域ネットワークの活動を捉えることが可能となったことで、生物の知覚・認知・意思決定などに関わる脳の動作原理の研究に役立っていくと同時に、AI技術との連携により、脳機能低下や疾病の診断、さらにはAI技術の向上にまでつながっていくのではないかと研究者は考えています。
【参考】
・論文:https://doi.org/10.1016/j.neuron.2021.03.032
サイエンスライター・白鳥 敬
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。