新たな幹細胞治療法として期待!
へその緒由来の幹細胞シートの効果をマウスで解明
(2024年1月15日)
私たちの体を形作る細胞は、サイトカインと呼ばれるタンパク質を分泌して、お互いに情報伝達を行っています。近年、サイトカインの中に病気の治療に有効なものがあることが明らかになり、これを分泌する間葉系幹細胞(かんようけいかんさいぼう)が病気の治療に利用されるようになっています。
従来、使われてきた間葉系幹細胞は、もっぱら骨髄(こつずい)や脂肪組織から採取されたものでしたが、赤ちゃんを出産する際に廃棄されるへその緒(臍帯(さいたい))からも得られることが知られています。若い組織の臍帯から得られる間葉系幹細胞は、骨髄や脂肪組織から採取したものより、活性が高く、盛んに増殖します。
そのため臍帯由来の間葉系幹細胞の活用が期待されているものの、これまで検討された例が少なく、効果的な投与法や治療効果に関する報告がありませんでした。そこで慶應義塾大学薬学部の長瀬健一准教授らの研究グループは、臍帯由来の間葉系幹細胞を病気の治療に利用する方法を検討し、その治療効果を調べる研究に取り組みました。
病気の治療に用いるには間葉系幹細胞を患者に投与する方法を確立しなければなりません。研究グループは人間の臍帯から採取した間葉系幹細胞を用いた細胞シートと、間葉系幹細胞を分散させた液体(懸濁液)2種類を作成し、マウスに移植する実験を行いました。
そのためには細胞シートを懸濁液(けんだくえき)に加える間葉系幹細胞を準備する必要があります。一般的な培地を用いると細胞を採取する際にばらばらになってしまうことから、研究グループは温度変化に応じて、水に馴染む親水性(しんすいせい)と水をはじく疎水性(そすいせい)のいずれかに変化する温度応答性培養皿で間葉系幹細胞を培養しました。
まず37℃で培養することで間葉系幹細胞は増殖に応じて細胞どうしが接着します。5日間、培養して十分に細胞が増えたところで、温度を20℃まで下げて、培養皿の表面を疎水性から親水性に変化させ、ばらばらにすることなく、シート状態で取り出すことができました(図1a)。
懸濁液に加える間葉系幹細胞は2種類の方法で培養が行われました。一般的な培養皿で5日間、培養した後、細胞どうしを接着する分子を分解する酵素(トリプシン)で処理して細胞を採取(図1b)。また前述の温度応答性培養皿を使った培養も行いましたが、こちらは培養期間を2日間に留め、細胞どうしが接着する前に、温度を20℃に下げて細胞を回収しました(図1c)。
いずれもばらばらの細胞ですが、酵素処理をした細胞には臓器、組織を構成する成分のうち細胞以外の成分を指す細胞外マトリックスが失われているのに対して、温度制御で得た細胞は細胞外マトリックスを保持しているという違いがあります。
このようにして間葉系幹細胞の細胞シートと2種類の懸濁液を用意して、研究グループはマウスの皮下に移植する実験を行いました。この実験の目的は、それぞれの間葉系幹細胞がマウスの体内にどれだけ留まり、サイトカインをどれだけ分泌してくれるかを調べることです。そのため移植後、画像診断技術を用いてマウスの皮下に定着しているかどうかを調べたところ、2種類の懸濁液に比べて、細胞シートは高い確率で皮下に定着することが分かりました(図2)。
肝細胞増殖因子(HGF)、形質転換増殖因子ベータ 1(TGF-β1)などのサイトカインの分泌量についても(図3)、細胞シートのほうが多く分泌されることが明らかになりました。
細胞シートのほうが定着率が高く、サイトカインを多く分泌することを明らかにしたことは、今後、臍帯由来の間葉系幹細胞を病気の治療に利用していくに当たって重要な情報になると期待されています。
【参考】
■慶應義塾大学プレスリリース
ヒト臍帯(へその緒)由来の幹細胞シートの生着・治療効果をマウスで解明
■「Stem Cell Research & Therapy」に掲載された論文
斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。