[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

わかる科学

殺虫剤ネオニコチノイドはマルハナバチの睡眠を妨げていた!!

(2021年2月15日)

ヨーロッパに広く分布するセイヨウオオマルハナバチ。お尻の部分が白いのが特徴。 ©Andres Bertens

 ネオニコチノイド系殺虫剤には、マルハナバチとハエの睡眠量に悪影響をもたらす作用があることを、ブリストル大学(イギリス)を中心とした研究グループが明らかにしました。この研究成果は『Scientific Reports』誌と『iScience』誌に掲載されています。

 ネオニコチノイド系殺虫剤は世界で最も広く使用されている殺虫剤です。この殺虫剤が広く使われる理由の1つは、作物の害虫に対してとても効果的に作用する一方で、ヒトを含めた哺乳類にはほとんど悪影響がないからです。しかし困ったことに、マルハバチなどの益虫にも作用してしまうという問題があります。そのため、ここ数年で欧州連合 (EU) はネオニコチノイド系殺虫剤の使用を禁止していますが、世界的にはまだ使用されています。

 ネオニコチノイド系殺虫剤の効果や安全性については、きちんと試験が行われています。その中で、送粉者(ポリネーター)としてミツバチは試験対象でしたが、作物や野生植物の重要なポリネーターであるマルハナバチ類については研究がかなり不足しています。

 研究グループが注目したのは、ネオニコチノイド系殺虫剤が昆虫の中枢神経に作用することや、マルハナバチに与える悪影響の数々の報告でした。そこで、これらの殺虫剤がマルハナバチ類の体内時計と睡眠を乱すのではないかという仮説を立て、マルハナバチとショウジョウバエを使った研究を進めたのです。

 マルハナバチの研究では、ネオニコチノイド系殺虫剤の1つイミダクロプリドを使用して、その影響を調べました。その結果、農場で使用する適正な濃度でも、セイヨウオオマルハナバチの睡眠時間が短くなり、毎日の行動リズムが昼夜の正常な24時間周期と同調しなくなったのです。さらに、餌を集める行動や様々な行動のリズム、飛翔による移動などが低下することや、昼間の睡眠が増え、夜間の活動が増えることがわかりました。他のマルハナバチ類でも同様の傾向が確認されました。睡眠の乱れは、餌集めや受粉の機会を減らし、コロニーの成長と繁殖の能力を低下させ、マルハナバチの個体数や作物の収量を減らす可能性があります。次に、このような変化のメカニズムを知るために、モデル生物のキイロショウジョウバエで研究を進めました。

 ショウジョウバエの研究では、4 種類のネオニコチノイド ( イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム、チアクロプリド ) の記憶、毎日の行動リズム、睡眠への影響をテストしました。その結果、どの殺虫剤も農場で使用される濃度で脳の神経に作用して、イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサムは、学習、行動リズム、睡眠を乱し、チアクロプリドは睡眠のみに悪影響を与えたのです。同様の作用がマルハナバチ類でも起きていることが強く推測されます。

 人間と同様に、昆虫にとっても質の高い睡眠は大切だと考えられますが、ネオニコチノイド系殺虫剤により、マルハナバチは睡眠を妨げられて、餌の場所を学習できなくなると考えられます。作物だけでなく、野生植物の受粉に大きな役割を果たすマルハナバチにとっての脅威は、生態系、そして連鎖的に私たち人間にとっても、脅威となる危険性があります。

 

【参考】

・セイヨウオオマルハナバチの論文(『iScience』誌)

 The Neonicotinoid Insecticide Imidacloprid Disrupts Bumblebee Foraging Rhythms and Sleep

・キイロショウジョウバエの論文(『Scientific Reports』誌)

 Neonicotinoids disrupt memory, circadian behaviour and sleep

保谷彰彦
文筆家、サイエンスライター。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専門はタンポポの進化や生態。著書に『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(あかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)など。2021年度から中学校「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」が掲載予定。
http://www.hoyatanpopo.com