[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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水1Lから絶滅危惧種の水生昆虫を確認

(2017年9月01日)

(写真1)絶滅危惧種ヒメタイコウチ(画像提供/兵庫県立
大学准教授 土居秀幸)

 絶滅の危機に瀕する野生生物を保護するには、保護対象となる野生生物の生息状況を可能な限り正確に把握する必要があります。しかし、人間に見つかりにくい小さな生物が相手になると、生息状況の把握は決して簡単ではありません。大規模な捕獲調査を実施すればよいのかもしれませんが、多くの人が生息地に足を踏み入れては、調査自体が生息地の破壊につながりかねません。そのため大規模な捕獲調査をせずとも、簡単に特定の生物の生息を把握する技術の開発が求められていました。

 兵庫県立大学の土居秀幸准教授、奈良女子大学の片野泉准教授、信州大学の東城幸治教授、パシフィックコンサルタンツ株式会社の小菅敏裕さん、池田幸資さんらの研究グループは、水生昆虫のヒメタイコウチ(写真1)を対象に、その存在を調べる技術の開発に取り組みました。

 ヒメタイコウチの分布は、日本、中国、朝鮮半島、ロシアという広い範囲に広がっていますが、兵庫県や東海地方では絶滅危惧種に指定され、三重県桑名市では天然記念物に指定されるほど、近年、その個体数を減らしています。手厚い保護が求められるわけですが、体長が23㎜ほどの小さな昆虫であるため、捕獲調査によるヒメタイコウチの生息確認は困難でした。そこで、研究グループは捕獲に代わる調査技術を開発するにあたって、環境中に存在するDNA断片(環境DNA)を活用することにしました。

(写真2)ヒメタイコウチの生息地 (画像提供/兵庫県立大学准教授 土居秀幸)

 ヒメタイコウチに限らず、池、沼、湿地などの水環境には、そこに生息している水生生物の糞、表皮などに由来する環境DNAが雑多に存在するはずです。闇雲に環境DNAを調べても、他の生物のDNA断片を検出しているかもしれず、ヒメタイコウチの有無は明らかにできません。そのため研究グループは特定のDNAを増やすことができる「リアルタイムPCR法」と呼ばれる技術を活用して、ヒメタイコウチのDNAだけを増幅できるようにしました。
 この技術の精度を確かめるため、研究グループは2014年と2016年に兵庫県と愛知県のヒメタイコウチがいそうな14か所の湿地と小川で調査を実施(写真2)。採取した水から取り出した環境DNAをリアルタイムPCR法で分析するとともに、捕獲調査を行ったところ、14か所の調査地のうちヒメタイコウチが捕獲された5か所すべてで、1Lの水からヒメタイコウチのDNA断片を検出することに成功したというのです。
 この方法を用いれば、採取した水1Lを分析するだけで、ヒメタイコウチを捕獲せずとも、生息しているかどうかを確認できるでしょう。今後の保護活動に役立てられると期待されています。

 

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記事執筆:斉藤勝司
http://www.kodomonokagaku.com/