猛毒をたくわえる”モナーク・フライ” 誕生
(2019年12月01日)
北米にはオオカバマダラというチョウが棲んでいます。別名はモナーク・バタフライ(モナークは帝王、バタフライはチョウの意味)。このチョウの群れは長距離の渡りをすることで有名です。その距離はカナダからメキシコまで3300kmに及ぶとの記録もあります。その体内には猛毒がたくわえられていて、天敵から身を守るのに役立っています。この猛毒の正体は、強心配糖体という有毒成分で、幼虫時の食草であるトウワタに含まれています。幼虫が有毒成分をたくわえ、羽化して成虫になっても、その毒が体内にたくわえられているのです。トウワタは猛毒なので、ほ乳類や鳥類、昆虫など、多くの動物が餌にするのを避ける植物です。
それでは、どうしてオオカバマダラはトウワタを食べられるのでしょうか? これまでに、トウワタに含まれる強心配糖体は、ナトリウム・カリウムATPアーゼという膜タンパク質に結合して、その作用を阻害することが知られていました。しかし、オオカバマダラが強心配糖体に耐性をもつメカニズムは謎でした。
このほど、カリフォルニア大学バークレー校を中心とする研究チームは、オオカバマダラを含めて強心配糖体に耐性をもつ21種の昆虫に着目しました。まずは遺伝的な研究を進めた結果、ナトリウム・カリウムATPアーゼを構成するアミノ酸のうち、3つが別のアミノ酸に置き換わるという突然変異が共通していることを発見しました。このことから、この3か所の突然変異が強心配糖体への耐性をもたらしていると考察されたのです。
この考察が正しいなら、強心配糖体に耐性をもたないショウジョウバエでも、これらの3か所のアミノ酸を変異させれば、耐性をもつようになるだろうと研究チームは予想しました。そこで、CRISPER-Cas9による遺伝子編集技術を駆使して、3つのアミノ酸変異を導入しました。すると、ショウジョウバエの幼虫はトウワタの葉を食べても死亡せず、強心配糖体への耐性を獲得したのです。さらに羽化して成虫となっても体内に強心配糖体を蓄積していることが確かめられました。これはオオカバマダラと同様の現象であり、予想は的中したわけです。まさにモナーク・フライ(フライはハエの意味)の誕生です。
この研究で実験に使われたオオカバマダラや、その他の20種の昆虫はそれぞれ6つの目にまたがっていて、近縁な関係ではありません。つまり、それぞれのナトリウム・カリウムATPアーゼに独立に生じた3か所の突然変異によって強心配糖体への耐性を獲得したのです。これらの進化の過程で起きた現象が、ショウジョウバエで再現されたというわけです。この研究は科学誌『Nature』に掲載されています。
子供の科学(こどものかがく)
小・中学生を対象にしたやさしい科学雑誌。毎月10日発売。発行・株式会社誠文堂新光社。
最新号2019年12月号(11月10日発売、定価700円)では、ノーベル賞を受賞した吉野彰先生へのインタビューや、各ノーベル賞研究の解説を掲載しています!巻頭特集は「くすりの開発」。病気の治療に欠かせない薬はどうやってつくられているのか見に行きましょう。その他、ギネス世界記録に認定されている紙飛行機や、obnizを使ったプログラミングなどなど、読み応えのある記事が満載!
記事執筆:保谷彰彦