生食用のマグロ切り身の“食べ頃”を評価する技術を開発
(2025年2月15日)
近年の日本食ブームに伴い、世界各地で魚の生食が広がっていますが、生の魚肉を美味しく提供することは決して簡単なことではありません。というのも、生の魚肉は新鮮でありさえすれば美味しいというわけではなく、冷蔵庫で一定時間、熟成させることで旨味成分が増し、より美味しく食べることができるのです。ただし、熟成期間を見誤ると腐敗が進行し、細菌の増殖によって食中毒のリスクが高まるため、適切な鮮度評価技術が欠かせません。
古くから魚肉の鮮度評価技術が研究されてはいるものの、これまでは魚肉の一部を採取する侵襲(しんしゅう)的な方法が主流でした。非接触、非破壊の評価方法が求められ、魚の目の色、透明度による評価法の研究が進められてはいますが、切り身には利用できないという課題がありました。そこで理化学研究所と広島大学の研究グループは、過去に開発していた「二次高調波発生(SHG)偏光顕微鏡」という顕微鏡を、魚肉の鮮度評価に応用する研究に取り組みました。
SHG偏光顕微鏡は、レーザー光を照射した物質内で生じる散乱光(SHG光)から、物質の構造的な偏りを捉えられる顕微鏡で、生きた心筋の活性を評価する技術として開発されていました。冷蔵保存された魚肉は時間とともに分解が進み、構造が変化することから、SHG偏光顕微鏡でキハダマグロの切り身の鮮度評価を試みました(図1)。

(提供: 理化学研究所)
新鮮なキハダマグロを凍結状態のまま八つのブロックに切り分け、4℃のチルド冷蔵で熟成を進めました。0時間、12時間、24時間、48時間、72時間にブロックから小さな切り身のサンプリングを行い、レーザー光を様々な偏光角度から照射(図2)。主に筋繊維とコラーゲン繊維から生じるSHG光を観察した結果、太い繊維と細い繊維が規則的に並んだ、筋繊維に特徴的なサルコメア構造が明瞭に映し出されました。

また、レーザー光の変更角度を変えることにより、SHG光の強度も変化することも確認。これは切り身内に異なる繊維構造が複数存在することを意味し、SHG偏光顕微鏡で熟成が進むマグロ切り身を継続して観察することで、その内部で生じる変化を捉えられることが分かりました。
そしてSHG偏光顕微鏡によるキハダマグロ切り身の観察を続けた結果、解凍後72時間までに、「①解凍後12時間までに筋肉全体でタンパク質の分解が始まるが、筋肉の構造はそれほど変化しない」、「②次の12時間でサルコメア構造が急速に分解するが、24時間後から48時間後まででいったん安定期に入る」、「③48時間後から72時間後までの間に筋肉の分解が再開し、やがてコラーゲンを主とする組織になる」という3段階の分解プロセスが存在することが明らかになりました(図3)。

(右)解凍後24時間、48時間、72時間のキハダマグロをSHG偏光顕微鏡で観察した画像。画像処理が行われており、繊維の構造が見やすくされている。太い繊維と細い繊維が規則的に並んだ周期的なサルコメア構造が徐々に失われ、最終的にコラーゲン繊維が残されていることが見て取れる。スケールバーは左右ともに5マイクロメートル(1マイクロメートルは100分の1メートル)を示す。(提供: 理化学研究所)
このようにマグロ切り身の熟成の過程を非破壊、非接触で把握できることから、今後、より小型で、安価なSHG偏光顕微鏡が実用化されれば、マグロをはじめ、生で提供する魚肉の熟成を見極めるのに役立てられると期待されます。
【参考】
■理化学研究所プレスリリース
マグロ刺身の「食べごろ」を散乱光で評価-解凍後72時間に三つの筋肉分解プロセスが存在-
■『Journal of Food Engineering』の論文

斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。