絶滅前の環境を明らかにするため、剥製を利用してコウノトリの食事内容を推定
(2020年10月15日)
かつてコウノトリは日本各地で普通に見られる野鳥でしたが、農薬散布による有機水銀の生物濃縮などの影響により、その個体数を減らしてしまいました。最後まで野生の個体がいた兵庫県豊岡市でも、1971年を最後に野生絶滅したと言われています。
兵庫県では野生絶滅前に捕獲した個体や、ロシアから寄贈された個体の人工繁殖に取り組まれた結果、100羽を超えるまで増やすことに成功しました。さらにコウノトリのエサとなる生物に悪影響を与える農薬の使用を抑えるなど、生息環境の回復も進められ、飼育していたコウノトリを野に放つ「野生復帰計画」がスタート。今では多くのコウノトリが野外に生息し、繁殖しています。
ただし、野生に戻したコウノトリが生息できていても、絶滅前の健全な自然環境にまで回復できているかどうかは分かりません。そこで兵庫県立大学と兵庫県立コウノトリの郷公園の研究グループは、絶滅前のコウノトリが何を食べていたのかを推定する研究に取り組みました。
今いる野鳥であれば、食事の様子を観察したり、胃の内容物を調べたりすることで何を食べているかを明らかにできますが、今から50年以上も前にいたコウノトリの食事内容を明らかにするにはどうすればいいのでしょうか。研究グループは学校や研究機関などに保存されているコウノトリの剥製に注目しました。
実は生物の体を形作る窒素や炭素には、少しだけ異なる同位体と呼ばれるものがあり、何を食べていたかによって同位体の比率が変化することが知られています。そのため絶滅前に作られたコウノトリの剥製から羽根を採取して、そこに含まれる窒素、炭素の同位体比率を調べることで、剥製が生きていた頃に何を食べていたのかを推定できるのです。
数多くのコウノトリがいた1930年代から50年頃の剥製、コウノトリが絶滅する直前の1960年代の剥製、野生復帰後のコウノトリの羽根を分析した結果、1930年代から50年頃の個体は、今いる野生復帰後の個体よりもいろんな動物をバランスよく食べていたことが推定されました。ところが、1960年代の個体では淡水と海水が混じり合う汽水域の魚の割合が低下していることが認められ、野生復帰後の個体は昆虫に偏った食事内容になっていました。
野生復帰計画が始まって以降、野外で暮らすコウノトリは順調に増え続けているとはいえ、剥製を用いた研究により、数多くのコウノトリがいた頃の健全な自然環境にまでは回復できていない可能性があることが明らかになりました。今後は今回の研究成果を踏まえて、コウノトリが汽水や淡水の魚を食べられるよう、河川から水田に至るまでの環境を改善していくことが求められています。
【参考】
・プレスリリース 野生絶滅前のコウノトリの食性の剥製標本から推定(発表:国立大学法人兵庫県立大学、兵庫県立コウノトリの郷公園)
https://www.u-hyogo.ac.jp/outline/media/press/2020/monthly/pdf/20200908.pdf
・コウノトリの野生復帰とコウノトリを育む農法
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/shiraberu/policy/pes/satotisatoyama/satotisatoyama02.html
・兵庫県立コウノトリの郷公園 保護増殖と野生復帰の歴史
http://www.stork.u-hyogo.ac.jp/reintroduction/chronol/
斉藤勝司
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。