線虫の嗅覚を利用して膵がんの早期診断技術の実現を目指す
(2021年10月01日)
二人に一人ががんになり、三人に一人ががんで亡くなるとされ、がんは不治の病の代表格と言えます。ただし、進行したがんは完治が難しいのに対して、早期のがんであれば、手術で取り除いたり、放射線を照射したり、薬を投与したりすることで完治が期待できます。
そのためには早期にがんを発見することが求められるのですが、早期では症状があらわれにくい上、早期に発見することが難しいがんがあります。例えば、膵臓にがんができる膵がんは早期に発見する技術が確立されているとは言い難く、血液検査でがんの有無を調べられる腫瘍マーカーでは見落としやすく、画像検査でもがんが小さな早期のうちに発見するのは困難だと言われています。
大阪大学大学院医学系研究科の石井秀始特任教授らの研究グループは、膵がんの早期診断を可能にする技術の開発に取り組み、その際、膵がん患者の尿に特有の匂いに注目しました。早期に診断できる技術が実現しても、受診する人への負担が大きい検査技術では普及させることは難しく、膵がんで亡くなる人を減らすのに貢献することはできないでしょう。その点、尿の匂いを手掛かりに診断するなら、受診する人は尿を採って提出するだけですから、それほど手間はかかりません。
ただし膵がん患者の尿に特有の匂いがあると言っても、人間が嗅いで判別することはできません。石井特任教授らは優れた嗅覚を持つとされる線虫を利用することにしました。線虫は膵がん患者の尿に引き寄せられることから、線虫を入れた容器に尿を垂らして、線虫が尿に近づいたら膵がん患者、尿から離れたら健常者だと診断されます(図1)。
線虫によるがんの検査技術を持つ株式会社HIROTSUバイオサイエンスとの共同研究で、早期の膵がん患者の尿と健康な人の尿を10倍、100倍に薄めて、その匂いを線虫に嗅がせる実験を行いました。その結果を図2に示しますが、縦軸のマイナスの数値が大きいほど、線虫が尿から離れていることを示しており、いずれの希釈率でも線虫は健常者の尿から遠ざかっており、早期の膵がん患者の尿と健常者の尿で違いが現れました。
今後、研究が進んで線虫を利用した検査技術が実用化されれば、受診する人の負担が小さいだけに普及させやすく、膵がんで亡くなる人を少しでも減らすのに貢献できると期待されています。
【参考】
・尿の「匂い」による膵がんの早期診断へ期待 線虫を検出する新技術
・Scent test using Caenorhabditis elegans to screen for early-stage pancreatic cancer
斉藤勝司
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。