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航空事故につながる空間識失調を金魚で検証

(2024年7月01日)

 航空事故の原因の1つに空間識失調(くうかんしきしっちょう)があります。空間識失調とは、パイロットが感じる体の動きと実際の飛行機の動きが一致せず、混乱状態に陥(おちい)る現象です。空間識失調は視界不良の状態で加減速や旋回(せんかい)飛行など、加速度やG(荷重)が変化する機動をしているときなどに起こりやすいとされます。航空事故の原因の約3割は空間識失調だと言われています。

 人間は姿勢の変化や加速感を耳の内耳という器官にある耳石(じせき)でセンシングしています。しかし、耳石が加速度による荷重と重力による力を区別できなくなることがあります。例えば直進加速運動を行うと、荷重が後方・下方にかかり、上昇姿勢を取っているように錯覚(さっかく)することがあります。このとき修正しようとして操縦桿(そうじゅうかん)を押すと、低高度の場合は墜落(ついらく)の恐れがあります。

 

 このたび、パイロットの大敵である空間識失調のメカニズムを、金魚を使って解明しようという試みが行われました。

 中部大学大学院工学研究科ロボット理工学専攻の 田所 慎さん、山中 都史美さん、同情報工学専攻の進士 裕介さん、同大学工学部AIロボティクス学科 平田 豊 教授らの研究グループは、飛行機と同じ3次元空間で運動する金魚に着目しました。金魚に、真っすぐ進む運動・傾き運動、並びに視覚刺激を与えるシステムを開発し、金魚の目の前庭動眼反射(ぜんていどうがんはんしゃ)から空間識失調になっているかどうかを調べました。

 前庭動眼反射とは、運動の方向とは逆向きにほぼ同じスピードで眼球を反射させる眼球運動のことです。金魚の目は運動中に前庭動眼反射による眼球運動を起こします。この反応から、金魚が空間識失調に陥っているかどうかを判断できます。このメカニズムは、魚類からヒトまで共通して持っていることがわかっています。もしも金魚が空間識失調状態になると、誤った方向に前庭動眼反射が生じるというわけです。

 

 実験で金魚の前庭動眼反射を調べたところ、金魚にも人と同様の空間識失調が起こることが分かりました。また視覚と直進運動を協調させる訓練を3時間以内に行うことによって空間識失調が解消されることもわかりました。同時に空間識失調の解消過程を再現する数理モデルも提案しました。

 今回の検証実験では、金魚でも空間識失調がおこることを確かめ、さらに予防法まで導き出しました。この知見はこれからの航空安全に大きく貢献していくものと思われます。

人と金魚の空間識失調とそれを反映する眼球運動(前庭動眼反射)
(左)直進で加速すると傾いているように感じる。これが空間識失調の一つ。
(右)金魚の眼球の方向と頭部の運動方向の関係を調べることで空間識失調かどうかがわかる。
©中部大学 平田 豊 教授

 

【参考】

■中部大学プレスリリース
空間識失調の発生と訓練による解消を金魚の実験で確認ー航空機操縦ミスの減少などへの応用に期待ー

白鳥 敬 (しらとり けい)
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。