食虫植物サラセニアは特殊な香りで昆虫をおびきよせる!?
(2023年7月01日)
食虫植物のウツボカズラやサラセニアは、落とし穴式の捕虫袋で昆虫などを捕まえます。その捕虫袋の形から、ピッチャー・プラントとも呼ばれます。これまでの研究から、ピッチャー・プラントの捕虫袋は単なる落とし穴式の罠ではなく、捕虫袋の形や色、蜜、香りなどで、エサとなる昆虫をおびきよせていると考えられています。その中でも、香りについては、150年前にチャールズ・ダーウィンが香りで昆虫をおびきよせるといった説を発表するなど、古くから注目されてましたが、研究例はまだ少なく、はっきりした証拠がみつかっていませんでした。
このほど、モンペリエ大学(フランス)を中心とする研究グループは、捕虫袋からの特殊な香り化合物によって、それぞれ異なる昆虫を誘いこんでいる可能性があることを発見しました。
研究グループが着目したのは、捕える昆虫の種類が異なる、近縁なサラセニア種です。それらを比べれば、香り化合物とエサ生物との関係がはっきりすると考えたのです。
この研究では、近縁なサラセニア4種が実験材料に選ばれました。それぞれ、捕獲する昆虫が異なることがわかっています。そこで、それら4種を同じ環境で育てて、そこから放出される香り化合物や捕虫袋の形態、捕まった昆虫の種類などを詳しく調べました。
その結果、サラセニアの捕虫袋から放出される香り化合物は多様でしたが、その成分や組成はサラセニアの種類によって著しく異なっていること、その香りの特徴と捕獲される昆虫の種類は密接に関連することがわかったのです。
たとえば、あるサラセニアの捕虫袋からは、ハチ類やガ類などの飛翔性の昆虫を花に誘いだすことが知られているモノテルペン類の香り化合物をより多く放出していました。別のサラセニアは、ガ類よりもハチ類を多く捕らえますが、セスキテルペン類の香り化合物はあまり関わっていませんでした。他の2種のサラセニアは、アリ類とハエ類を主なエサとしますが、脂肪酸誘導体主体の香りを放出していました。これらの結果から、アリは脂肪酸誘導体と背の低い(短い)ピッチャーに誘引されやすく、飛翔昆虫はモノテルペンやベンゼノイドと背の高い(長い)ピッチャーに誘引されやすいという特徴があることがわかりました。
さらに、一連の研究から、サラセニアの捕虫袋から放出される香り化合物と、捕虫袋の大きさや形状から、捕獲される昆虫の種類について、98%の確率で予測できることもわかりました。このことは、サラセニアが放出する香り化合物と獲物との間には関連性があることを強く示しています。
今回の成果は、昆虫によって送受粉される食虫植物が、送粉を担う昆虫(ポリネーター)を花へ誘うしくみと、エサとなる昆虫を罠へ誘うしくみを、それぞれどのように進化させてきたのか、という謎の解明につながると期待されます。というのも、例えば、ハエトリソウでは、花粉を運ぶポリネーターは、ハエトリソウの罠には決してかからないことがわかっているからです。食虫植物の香りにまつわるヒミツが次々に明らかにされていきます。
【参考】
Dupont C. et al. (2023) Volatile organic compounds influence prey composition in Sarracenia carnivorous plants. PLOS ONE. 18(4): e0277603. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0277603
保谷 彰彦 (ほや あきひこ)
文筆家、植物学者。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専門は植物の進化や生態。主な著書に新刊『ワザあり! 雑草の生き残り大作戦』(誠文堂新光社)、『生きもの毛事典』(文一総合出版)、『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(共にあかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)など。中学校教科書「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」掲載中。
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