002. 宇宙最古の光を調べ、宇宙の始まりの姿に迫る (高エネルギー加速器研究機構 量子場計測システム国際拠点 茅根 裕司さん)
(2023年9月01日)
茅根 裕司(ちのね・ゆうじ)さん
実験宇宙物理学者。茨城県日立市出身。東北大物理学部および同大大学院で天文学を専攻後、米国カリフォルニア大学バークレー校にてポーラーベア、サイモンズアレイ、サイモンズオブザバトリーなどのCMB観測プロジェクトに参加。2019年10月から東京大ビッグバン宇宙国際研究センター特任助教、2022年10月から現職。
装置はKEK内の富士実験棟にある、ライトバードに搭載される超伝導センサーをテストするためのもの。
観測的宇宙論という研究分野がある。宇宙から届く光や電波、放射線、重力波などを使って、宇宙の構造などを解明しようとする分野だ。観測技術の高度化を背景に、いままでは理論や仮説でしかなかったものがどんどん実証されようとしている。その一つが宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測で、これにより宇宙の始まりの謎が明らかになる可能性がある。茅根さんはポーラーベアなどのプロジェクトを通じて長年この研究に携わり、そして今、ライトバードプロジェクトによって実現に迫ろうとしている。
「CMBは宇宙最古の光であり、最も遠い宇宙の果てから来る電波とも言える。その中から原始重力波の痕跡(こんせき)を探し出せれば、インフレーション理論が正しかったことが証明され、ノーベル賞級の発見となるはずだ。」
ビッグバンとインフレーション
宇宙を観測すると、遠くの銀河ほど速く遠ざかっており、宇宙が膨張している証拠とされる。過去へ時間を巻き戻すと、宇宙は収縮に向かい、約138億年前には、全ての物質とエネルギーが一カ所に集まった、超高温・超高密度の火の玉状態だったことになる。これを宇宙の原初の姿とするのが、一般に知られているビッグバン理論だ。
一方、インフレーション理論では、誕生直後の宇宙がビッグバンに至るまでの間に、光よりも速い急激な加速膨張を起こしたとする。このときの衝撃は原始重力波を発生させ、その余波が今も遠くの宇宙を揺らしているという。
ビッグバン直後の宇宙は電子、陽子、光子などのプラズマ状態だったと考えられている。そこから約38万年後、宇宙の温度が下がり、電子と陽子が結合して原子が作られ、光が放出された。この光は宇宙の膨張とともに電波の波長にまで引き延ばされ、CMBとして観測されている。
ライトバードで解き明かす真の姿
宇宙の始まりを知りたいという根本的な興味は、茅根さんが中高生のころから「ニュートン」などの科学雑誌や、科学系新書「ブルーバックス」のシリーズなどを読んで、心に抱いていた。直接の契機となったのは大学3年生のとき、服部 誠先生(現准教授、理学部・理学研究科)の天体物理学の講義を受けたこと。「いままで学んできた宇宙の物理について、実際に現場で何が起こっているのかが観測で分かると知った。宇宙の果てで何が起こっているのか自ら確認したいと思い、世界へ出て実際に観測することにした。」
その後、さまざまな観測プロジェクトに携わっており、いま取り組んでいるライトバード計画は、人工衛星に搭載された宇宙望遠鏡から高精度の観測をするもので、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のH3ロケットで2030年ごろの打ち上げを目指している。
茅根さんが所属する量子場計測システム国際拠点(QUP)は、望遠鏡の心臓部である超伝導センサーの開発や、観測データの解析などライトバード計画でも重要な役割を担っている。組織本来の任務としては「革新的な計測技術の開発により、宇宙探査や素粒子実験をパワーアップし、時空と物質の真の姿を解明すること」だそうだ。
ライトバードは、CMBに刻まれた原始重力波の痕跡を検出するための最も有望なプロジェクトであるだけでなく、量子ゆらぎから重力波がつくられるメカニズムの解明にも貢献し、超弦理論(ちょうげんりろん)など量子重力理論の検証にも可能性を開くと期待されている。
池田 充雄(いけだ・みちお)
ライター、1962年生。つくば市内の研究機関を長年取材、一般人の視点に立った、読みやすく分かりやすいサイエンス記事を心掛けている。