003. 軟らかい機械が人に寄り添う未来へ(産業技術総合研究所 センシングシステム研究センター
スマートインタフェース研究チーム長 吉田 学さん)
(2023年10月15日)
見た目は単なる布のようなのに、オーディオ機器とリンクするとクリアな音を鳴らすファブリックスピーカー。テレビのバラエティ番組などで取り上げられ、産総研のショールーム「サイエンス・スクエアつくば」でも人気の展示品の一つだ。これ自体画期的な製品といえるが、最初からこの形を目指して開発を進めていたわけではなく、その奥には「人と機械との親和性を高めたい。」という、さらに深い着想があった。
有機半導体からファブリックスピーカーへ
吉田さんが開発したファブリックスピーカーは、布から直接音が出るという不思議なもの。カーテンやソファーのカバー、ホームシアターのスクリーンなど布製品なら何でもスピーカーになるため、部屋の中でも場所をとらず、臨場感ある音で映像やVRなどのコンテンツを楽しめる。テントやパーカーなどの加工例もあり、身にまとったり足元に敷いたりして自由なスタイルで音楽を楽しむこともできる。
「原理は静電スピーカーと同じ。2枚の布の間に圧電フィルムをはさんであり、電気信号を送ると布が電極の役目を果たし、フィルムが振動して音を発する。布は高伸縮性のポリエステル素材に、銀メッキ短繊維をからめて導電性を付与した。折り曲げや伸縮を繰り返しても安定した性能を発揮し、耐久性も高い。」
開発のベースとなったのは、大学時代の有機半導体の研究だった。
「大学院で画像工学を専攻する中で、曲がる液晶ディスプレイなどへの応用を目指し、プラスチックシートに電子回路を印刷する研究をしていた。だが人が身に付けることを考えた場合、プラスチックでは快適性に劣るため、さらに薄くて軟らかい素材をと考え、布に行き着いた。」
布から生まれた暮らしに溶け込むデバイス
布の利点は軽量で伸縮・柔軟性に優れ、形状任意性が高く、安価なことなど。そこへ導電性を持たせることで、さまざまな応用が可能になった。
「医療・ヘルスケア分野のウェアラブルデバイスとしても期待がかかる。衣服自体が測定機器になるため、日々の暮らしに溶け込み、精神的・肉体的に違和感なく装着し続けられ、血圧変動や心電図などの信頼性あるデータを取得できる。入院患者や高齢者の見守りにも適している。」
スポーツ用品の設計などにも役立ちそうだ。
「例えば靴下型の圧力センサーを作れば、足の裏や甲、つま先など各部にかかる力をまんべんなく測れ、靴が足にどうフィットし、ホールドしているかが分かる。センサー自体が非常に薄いため計測の妨げにならない。」
人を過酷な環境から守る機能性衣服も、目指す方向性の一つだ。
「いわば人間と環境の間をつなぐインターフェース。宇宙服をもっとスマートにしたようなイメージで、酷暑や極寒、あるいはウイルスや汚染物質などにも対応できる機能性を持たせ、普通の服と同じように手軽で快適に着られるものにしたい。」
最終目標は軟らかく人に優しいロボット
将来的にはソフトロボティクスも視野に入れている。人間に寄り添い、共存できる軟らかいロボットだ。
「人口減により担い手不足が懸念される中、ロボットが生活支援や介護の機能を持ち、その役割を果たす必要がある。だが今のロボットは硬くて重く、人への危険が大きい。アニメ映画『ベイマックス』のようなトータルで軟らかいロボットを作りたい。」
人を支えるには軟らかいだけでなくパワーも不可欠。その相反する条件を満たすため、新たな動力源や駆動システムなども検討し始めている。
「ゴム、カーボン、樹脂などの有機材料に人間の筋肉のような機能性を与えたい。そこへ軟らかい電子デバイスやセンサーを搭載するには、シリコンを超える高性能な有機半導体も必要。いまAIなどの頭脳部分は急速に進化しているが、体の部分も人間に近いロボットを実現したい。」
スマートインタフェース研究チームでは、布以外の軟らかい素材も活用しながら、さまざまなフレキシブルデバイスの開発に取り組んでいる。また、ファブリックスピーカーなど成果物の社会への実装を促進するため、スタートアップ企業「センシアテクノロジー」を設立、吉田さんは同社CTOとして企業との折衝などでも日々忙しい。
幼稚園のときロボットアニメに登場する白衣の科学者にあこがれ、その気持ちが消えないままここまで来た。今はスーツ姿で飛び回っていることも多いそうだが、心はいつでも白衣の科学者だ。
池田 充雄(いけだ・みちお)
ライター、1962年生。つくば市内の研究機関を長年取材、一般人の視点に立った、読みやすく分かりやすいサイエンス記事を心掛けている。