005.微生物を使ってスギ花粉の発生源を絶つ(森林総合研究所 きのこ・森林微生物研究領域 森林病理研究室 主任研究員 髙橋 由紀子さん)
(2024年2月01日)
今年もまた花粉の季節が近付いてきた。
スギ花粉症は有病率が約4割とも言われる国民病だ。森林総合研究所では対策の一つとして、スギの雄花(おばな)を枯らす病原菌を利用して花粉の飛散を抑えようとしている。
髙橋さんは2014年からプロジェクトに参画、飛散防止剤の調製技術や散布技術の開発に携わってきた。現在は農薬登録を目指し、試験データの収集などに努める一方、地域課題である「ナラ枯れ」の問題にも取り組んでいる。
化学農薬を使わないで花粉を減らす
飛散防止剤に使われるSydowia japonica(シドウィア菌、スギ黒点病菌(こくてんびょうきん))はカビの一種で、スギ雄花にしか感染しない。菌が感染した雄花は開花せず枯死(こし)し、その内部の花粉も菌糸(きんし)に巻かれて活性を失う。
「この菌の長所は雄花のみを枯らすこと。木の生育は妨げず、他の植物にも影響を与えない。大量培養した胞子を乾燥粉末にし、展着剤と混ぜて動力噴霧機や無人ヘリコプターで散布したところ、枝単位で8割以上のスギ雄花を枯死させられた。」と髙橋さん。
散布時期は雄花が成熟する10~11月。水稲や松枯れなど他の空中散布は6~9月が中心なので、ヘリコプターの繁忙期に当たらない。開発段階ではあるが、成熟した雄花の状況を事前にドローンなどで把握し、ターゲットを絞って散布すれば、使用する薬剤の量を減らすこともできる。
他のスギ花粉症対策として、森林総研ではスギの少花粉品種の開発も進めている。
しかし、用材林のスギの更新は50~100年の長周期で、人手やコストもかさむ。それに対し飛散防止剤は、手軽で即効性ある対策といえる。
「大都市など人口密集地の患者を減らすには、その地域の主要な花粉発生源を特定し、重点的に散布することが効果的で、そのための研究も進めている。人が入れない崖地(がけち)などや、社寺林や自然公園の保護樹林といった植え替えができない場所でも、飛散防止剤が効果を発揮する。」
つくばの「ナラ枯れ」を最初に発見
髙橋さんは弘前大学で植物病理学を専攻。地球温暖化や自然破壊を防ぐには、今ある緑を守ることが重要と考えた。出身は宮城県で山形・秋田との3県境に近い山深い土地に育った。家は林業もしており、故郷の森に対し「こいつらを守らなくちゃ」との思いもあった。
東京大学大学院の博士課程ではナラ枯れの問題に取り組んだ。「ナラ枯れ」はナラ、シイ、カシなどのブナ科樹木に発生する大量枯死。カシノナガキクイムシ(通称カシナガ)という昆虫が媒介するナラ菌により引き起こされ、全国的に被害が拡大していた。
茨城県内のナラ枯れは2020年8月、髙橋さんがつくば市の住宅地内の歩道で子どもとの散歩中に発見。その後の情報収集で、近隣の公園などでも被害が広く発生しているようだと分かった。
「同年9月から約半年間、つくば市内の公園緑地や周辺市町村の樹林地など計13カ所・295haを踏査し、枯れたものや樹勢が衰退したものなど209本の異常木を確認した。2023年10月の調査では筑波山北麓で大量枯死が見付かり、今後の被害拡大が懸念される。」
キノコを早期発見の手掛かりに
被害地に放置された枯死木や伐倒木、穿入生存木には多数のカシナガが繁殖し、翌年以降の伝染源となるため焼却、破砕(はさい)、薬品燻蒸(くんじょう)といった処置が必要になる。枯らしたくない木にはビニールシートや粘着材を巻く、殺菌剤を注入するなどの予防法がある。しかし、いずれも一部のみの処置では効果が薄く、被害拡大を防ぐには広域的な連携が求められる。
「カシナガは大径木を好むが、生息密度が高まると細い木にも入り、最後は入る木がなくなって終息(しゅうそく)する。費用対効果では放置して鎮静化を待つのが一番という意見もある。しかし、目の前で枯れようとしているのを手をこまねいて見てはいられない。火事が起きているのに消さないという選択肢はない。何とかしたくて研究者の道を選んだ。」と、髙橋さんはもどかしさを語る。
今、髙橋さんはナラタケモドキというキノコに着目している。つくば市内の公園緑地などでは、「ナラ枯れ」で枯れた被害木のほとんどがナラタケモドキに感染しており、被害拡大への関与が疑われたからだ。両者の関係性を明らかにし、早期診断技術の確立につなげたいという。
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池田 充雄(いけだ・みちお)
ライター、1962年生。つくば市内の研究機関を長年取材、一般人の視点に立った、読みやすく分かりやすいサイエンス記事を心掛けている。