008. 外来植物の産業利用と被害防止を両立するには
(農業・食品産業技術総合研究機構 江川 知花さん)
(2024年7月15日)
いま、地球上の生物多様性は急速な勢いで失われつつあり、これに歯止めをかけることが人類の大きな課題となっている。要因の一つには「外来種」の問題があり、2022年のCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)では「侵略的外来種の導入率および定着率を50%以上削減する」という数値目標も盛り込まれた。江川さんは外来植物が生態系や産業に与える影響や、その効果的な管理方法について研究している。
大きな問題を起こす侵略的外来種
外来種とは、人間の活動によって本来自生しない地域に持ち込まれた生物のこと。これらが野外で定着し、人の手を借りずに世代交代を始めると、さまざまな問題を引き起こすことがあり、こうしたものを特に「侵略的外来種」と呼んでいる。植物では、他の植物の生育を阻害して生態系や生物多様性にダメージを与えたり、農林水産業に大きな被害をもたらしたりする。
「例えば水草のナガエツルノゲイトウは増殖力が極めて強く、川の水面にマット状に広がって日照をさえぎったり、溶存酸素を不足させたりして他種が生育しにくい環境にする(図1)。在来水生植物との競合だけでなく、農業水利施設を詰まらせるなど物理的被害も引き起こしている。またヤグルマギクは麦畑の雑草で、侵入されると麦の収穫に大きな打撃を与えることがある。」
問題の出方はほかにもさまざまある。例えばブタクサは花粉症を引き起こし、人に健康被害をもたらす。ナルトサワギクは毒性があり、家畜が食べると中毒を起こす。セイヨウタンポポのように在来種と交雑し、気付かぬうちに在来の系統を減らしてしまうものもある。
開国とともに押し寄せた外来植物
日本は他国と比べて外来植物が多いとされるが、具体的にいつごろ、どれくらいの数が来ていたのかは把握されておらず、江川さんらがその実態を初めて明らかにした。
「1845-2000年の150年間の推移を見ると、1900年までの年間新規侵入種数は5種以下だったが、1950年代後半には16種に達し、直近の1991-2000年の平均は13種と依然高い数値に留まっている(図3)。累積侵入種数では1900年の64種から2000年の1,353種へと劇的に増加した(図4)。
これは江戸幕府の開国以降、国際貿易を積極的に推進した結果と考えられ、1950年までは輸入額の増加と侵入数に相関関係も見られた。」
外来種の侵入には、産業利用や鑑賞などの目的で導入した「意図的導入」と、例えば輸入した作物に付着・混入していたなど、気付かないうちに偶然入り込んだ「非意図的導入」がある。このうち侵略的になりやすいのは意図的導入種の方だという。
「外来植物全体では約10%だったのに対し、意図的導入種では約20%と高い割合で侵略的になり、母数も549種と多かった(図5)。
この要因の一つは、産業上有用な形質と侵略的形質がしばしば一致すること。例えば農業や緑化用に導入された牧草は、粗放管理でも成長しやすく、採種性が高いなどの形質を持つ。」
外来種の利用と抑制にどう取り組むか
現在、定着済みの侵略的外来植物としては168種がリストアップされているが、その約6割は今も利用が続いており、根絶事例はごくわずか。中にはフランスギクやオオキンケイギクなどのように「花がきれいだから」と管理せずに残してしまい、人間が蔓延を後押ししている例もある。
「外来種の知識を一般の人に広く普及することが今後の課題。特徴を知り、行動を変えることで阻止できる部分がある。例えばナガエツルノゲイトウなどの水草は茎の切れ端からも再生するので徹底的な除去が必要。枯れたように見えても放置しておくと芽吹き返すこともある。」
野生化したものを駆除するだけでなく、目に見えないうちに対策をすることも、未来の問題を防ぐためには避けて通れない。
「日本に入りそうな外来植物を予測する方法を確立したい。例えば種子が小さければ他の作物に容易に混入する。そのような侵入しやすい特徴を持つ種を見定めたい。また、野生化して侵略的外来種になる可能性も推定したい。こちらは成長速度や繁殖力の高さ、種子の寿命などが指標になると思う。」
野生化を防ぎながら、どう利用するかを考える必要もある。
「輸入植物は日本経済のために不可欠な存在。イネも外来種である。やみくもに導入や使用を禁ずるのではなく、外へ出さないよう上手に管理しながら使いたい。」
具体的には栽培地の周囲に緩衝帯を設ける、種をつける前に刈り取るなどの手立てが有効。野生化したときのリスクの大きさに応じて、利用の仕方を変える工夫も重要だそうだ。
池田 充雄(いけだ・みちお)
ライター、1962年生。つくば市内の研究機関を長年取材、一般人の視点に立った、読みやすく分かりやすいサイエンス記事を心掛けている。