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つくばサイエンスニュース

研究者コーナー

010. 陸から海へと広がる世界一の地震津波火山観測網
(防災科学技術研究所 巨大地変災害研究領域長 青井 真さん)

(2024年11月01日)

 防災科学技術研究所(防災科研)では1995年の阪神・淡路大震災を契機に世界でも類を見ない陸域の地震観測網を全国に張り巡らし、2011年の東日本大震災を契機に津波被害の軽減のため、これも世界最大規模の海域における地震津波観測網の整備を進めてきた。これらの観測データにスーパーコンピューターによるシミュレーションなどを組み合わせた地震のメカニズムの解明や、地震・津波の早期検知技術の開発にも取り組んでいる。「効果的な地震・津波情報を少しでも早く提供し、被害の軽減につなげたい。」と青井さんは話す。

 


青井 真(あおい・しん)さん

1968年米国生まれ。物理学者だった父の影響で幼いころから科学に関心に持ち、自然に科学者の道を選んだ。京都大理学部で地球物理学を専攻、強震動を専門にコンピューターを使った地震動の数値シミュレーション手法やアルゴリズムの開発を主に研究。在学中の1995年に阪神・淡路大震災を経験、現地調査で被害の様子を目の当たりにし、その後は観測にも携わる。現在、防災科研上席研究員として巨大地変災害研究領域長、地震津波火山観測研究センター長などを兼任。政府地震調査研究推進本部地震調査委員会委員、気象庁緊急地震速報評価・改善検討会技術部会部会長、香川大客員教授、筑波大非常勤講師も務める。

 

観測網の整備が遅れていた海底エリア

図1. 日本海溝海底地震津波観測網S-net。太平洋沖合の6つのエリアに総延長約5,500kmの海底ケーブルを引き、観測装置を30~60km間隔で150点設置。2016年から段階的に試験運用を開始し、2017年から全150観測点での本格運用を始めた。

 東日本大震災をもたらした2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震では、地震や津波の恐ろしさが改めて認識され、その予測の難しさも明らかになった。
 「震源地が沿岸から近い海域の場合、津波はすぐに陸地まで到達するので、なるべく早く津波警報を出す必要がある。東北地方太平洋沖地震では地震発生後約3分で気象庁から津波警報の第1報が出たが、このときの予測波高は約1~6mと、実際に到達した津波をかなり下回っており、28分後の第2報でようやく更新された。」
 地震発生直後に地震規模や津波波高を正確に推定できなかったのは、海域観測網の整備不足も一因だった。当時、陸域では全国に約1,500の地震観測点が置かれていたのに対し、海域はわずか50点ほどで、そのうち東北沖は3点だけだった。

図2. 相模湾に設置されている海底地震計の模型。 S-netに使われている観測装置は、同型の一回り大きい筐体(きょうたい)に地震計と水圧計などを搭載、ベリリウム合金製の円筒型耐圧容器により最大水深8,000mの海底に設置できる。

 そこで防災科研では2011年から、光ケーブルを使った海底観測網「日本海溝海底地震津波観測網(S-net)」の整備に着手。北海道沖から千葉県房総半島沖までの東日本太平洋の海底に、地震計と水圧計を組み合わせた観測装置を150点設置した。

 

最大で地震は30秒、津波は20分早く直接検知

 「S-netは世界で最も大規模なケーブル式海底地震津波観測網。海底で発生した地震を震源の真上でとらえるため、従来より早い検知が可能になった。例えば2016年8月20日の三陸沖地震の地震動を、S-netでは陸域の観測網よりも約22秒早く検知している。防災行動をとるうえでこの差は非常に大きい。」

 津波に対しては、沿岸における観測よりも最大20分ほど早く発生直後の津波を水圧計で直接検知でき、津波波高の予測も高精度にできる。
 「津波遡上(そじょう)域の即時予測も可能になった。水圧計から得られたデータとシミュレーションによる遡上データを組み合わせることで、陸上のどの辺りまで浸水被害が生じるかなどが予測できる。すでに数万件のシミュレーションデータを集積した『津波シナリオバンク』も作成しており、和歌山・三重・千葉の各県では防災科研からの技術移転により独自の津波予測に取り組んでいる。」
 S-netなどの観測データは、防災科研の「陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)」に集約されて関係各機関へ提供され、気象庁の緊急地震速報や津波警報、新幹線の緊急停止システムなどに活用されている。また、地震活動や地殻変動のモニタリング、巨大地震の発生予測といった調査研究にも使われ、地震に強い建築物の設計やハザードマップの作成などにも役立っている。

 

南海トラフ地震に備え西日本でも整備

図3. 地震・津波観測監視システムDONET。熊野灘と紀伊水道沖に合わせて51点の観測点がある。海洋研究開発機構(JAMSTEC)により開発され2016年に防災科研へ移管された。

 

一方、近い将来に南海トラフ地震の発生が心配されている西日本では、熊野灘(くまのなだ)から紀伊水道(きいすいどう)沖にかけて地震・津波観測監視システム「DONET1」、「DONET2」が構築され、2016年から防災科研により運用されている。

 加えて、観測空白域だった高知県沖から日向灘(ひゅうがなだ)までのエリアには「南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)」も構築中だ。

図4. 南海トラフ海底地震津波観測網N-net。
高知県沖から日向灘にかけて沿岸と沖合の2つのサブシステム、計36観測点からなる。沖合システムは2024年10月から本運用開始。沿岸システムは今年度末に整備完了し来年4月から試験運用を始める予定。

「これらのエリアでは、記録が残っている約1500年前から100~150年の周期で巨大地震が発生している。前回は1946年の昭和南海地震で、すでに約80年が経ち、次の巨大地震が切迫していると考えられる。」
 いま南海トラフ周辺では、マグニチュード8~9クラスの巨大地震が今後30年以内に70~80%の確率で発生すると予想されている。今年8月8日に日向灘沖でマグニチュード7.1の地震が発生した際には、これによる断層への刺激で地震発生の確率は通常よりも高まったとされた。気象庁からは同日、「南海トラフの想定震源域では今後、新たな大規模地震の発生可能性が平常時と比べて総体的に高まっていると考えられる。」とする臨時情報も発表された。

 

南海トラフ地震臨時情報への対応に社会的議論も

 次に南海トラフ地震が発生した場合の人的被害は最大約23万人、直接的経済被害は最大170億円と想定されている。今回の臨時情報に基づき、市民レベルではどのような警戒をすればいいのだろうか。
 「経済活動を止めるほどではないが、非常用持ち出し袋の準備や確認、家具の固定など、普段より気を付けてくださいという意味。雨なら天気予報の降雨確率などを見て『今日は傘を持って出よう』などと考えて対応できるが、地震に関してはそうした経験を積んでいないので、『普段より発生確率が数倍高い』と言われても対応の仕方が分かりにくい。このような機会を通じて、今後はどう対応するかという議論も社会として進めていただきたい。」
 津波に対しては、避難が何よりも重要だと強調する。
 「特に海岸沿いや河口近くで揺れを感じたら、すぐに高いところへ逃げていただきたい。私たちは新しい観測技術や情報伝送技術をさまざま開発しているが、それで十分とは言えない。皆さんお一人お一人にご自身やご家族の命を守るための行動をしていただき、そこに私たちの技術が生かされればいい。」

 

【関連記事】

海底観測網データを新幹線の地震対策に初めて使う(2017年10月30日発表)

【関連リンク】

防災科学技術研究所

南海トラフ海底地震津波観測網(N-net)沿岸システムの敷設工事を開始へ(2024年10月15日発表プレスリリース)

池田 充雄(いけだ・みちお)
ライター、1962年生。つくば市内の研究機関を長年取材、一般人の視点に立った、読みやすく分かりやすいサイエンス記事を心掛けている。