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固有のカエデ「クロビイタヤ」の飛び飛び生息分布の謎を解く―過去の気候変動による植生変化から、今後の温暖化の影響を予測:筑波大学

(2021年12月6日発表)

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クロビイタヤ(提供:筑波大学)

 筑波大学生命環境系の佐伯いく代准教授らのチームは12月6日、絶滅危惧種のカエデ「クロビイタヤ」の葉を収集して遺伝子解析し、北海道から本州中部にかけて飛び飛びに生息分布している理由を解明したと発表した。最終氷河期以降の気候変動から逃れるように、中部山岳部の起伏に富んだ地形がレフュージア(逃避地)になっていたと推測している。

 クロビイタヤは日本固有のカエデで、5つに切れ込んだ葉が美しい落葉高木。北海道南部、東北北部、中部山岳(福島県、群馬県、長野県)の3つの地域に不連続に分布している。

 河川の周りの自然堤防や斜面下部の湿地などに多く生息していたが、農地や市街地としての開発が進んだために急速に減少し、絶滅危惧種に指定された。

 クロビイタヤは、果実の表面に毛のあるクロビイタヤと、毛のないシバタカエデの2品種がある。シバタカエデは特に数が少なく、福島県と長野県の一部自生地だけに分布している。不連続な隔離分布の理由は分かっていなかった。

 研究チームは、クロビイタヤの不連続な分布がどのように作られたか、遺伝的多様性を保全する上で重要な個体群はどこにあるかを探った。

 分布域全体の43地点で604個体の葉を採集し、それぞれの遺伝子型を決定した。

 北海道、東北、中部山岳の3つの地域で遺伝子型に重複があったものの明確な境界はなかった。特に東北北部と本州中部ではほとんど違いがなく、近縁の遺伝子型を持っていた。

 約2万年前の最終氷期最盛期の気温は現在より約3〜5℃低く、クロビイタヤは冷涼な気候を好むため、列島中部から北部にかけて広く分布していた。

 現在は植生が確認されてなくとも、化石や植物遺体が各地で発見されていることで当時の分布域を持っていたことが分かる。最終氷期以降の温暖化と共に生息範囲を徐々に狭めて飛び飛びに分布し、現在のように生き残ったと考えられる。

 中でも中部山岳部では、標高の高い所に分布が限られ、他の地域ではみられない希少な遺伝子型が検出された。起伏の多い中部山岳部は、植物が短い距離で生育に適した気候帯に分布を移動させて個体群を残すことができたとみられる。気候変動期に環境が大きく変動しても、植物が生き残れる「逃避地」であった可能性が高い。

 またシバタカエデの遺伝子型を調べると、クロビイタヤとの間に遺伝子流動があったため、今後、両者を一体的に保存できるとみている。

 温暖化によって植物は現状の分布を大きく変化させると考えられる。でも、どこでどのように生存するか、絶滅するかを予測することは難しい。このため過去に起きた気候変動で植物がどんな変遷を辿(たど)ったかを明らかにすることによって、将来の分布変化を予測する重要な手掛かりが得られるとみている。