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トンボの変態に必須な転写因子を同定―昆虫に特異的に作用する農薬開発に手がかり:産業技術総合研究所ほか

(2022年2月22日発表)

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アオモンイトトンボの幼虫(ヤゴ)と成虫:変態によって形質が大きく変化する  (提供:産業技術総合研究所)

 (国)産業技術総合研究所と東京大学、東京農業大学、生物資源ゲノム解析センターの共同研究グループは2月22日、トンボが幼虫から成虫に変態するのに必須な転写因子を同定したと発表した。

 トンボは変態過程で「さなぎ」にはならないが、同定した3種の転写因子の1つで他の昆虫では「さなぎ」の形質を決定する転写因子が、トンボでは幼虫の形質と成虫の形質を創り出す遺伝子の両方をコントロールしていることを見出した。変態の解明に重要な成果が得られたとしている。

 昆虫は、成長に応じて形質を変化させる変態に応じて、幼虫、さなぎ、成虫へと変化する「完全変態昆虫」、幼虫から成虫に変わる「不完全変態昆虫」、形態を変えずに脱皮を繰り返す「無変態昆虫」の3種に大別される。

 トンボはコオロギやゴキブリと同じ不完全変態昆虫で、さなぎの時期を経ずに幼虫のヤゴから成虫へと形態や生態を劇的に変化させる。しかし、変態に関わる具体的な遺伝子は未解明であった。

 研究グループは今回、イトトンボの一種であるアオモンイトトンボを用いて発生段階の各部位における遺伝子発現を次世代シーケンサーで網羅的に解析、幼虫の時期にのみ全身で発現する8種類の遺伝子と、成虫の時期にのみ全身で発現する7種類の遺伝子を得た。

 次に、これら15種類の遺伝子について遺伝子の機能阻害を実施し、幼虫や成虫の形質の変化を解析した。その結果、Kr-h1遺伝子、E93遺伝子、broad遺伝子の3種類の転写因子によって、変態に伴うものとは異なる表現系が明らかになった。

 このうちのbroad遺伝子は、完全変態する昆虫ではさなぎの形質を決定する転写因子として機能するが、さなぎの時期を持たないコオロギやゴキブリでは成虫の翅や産卵管の発達に関与することが知られている。トンボのbroad遺伝子は卵から終齢幼虫の前半にかけて発現が確認された。

 一連の研究の結果、Kr-h1遺伝子とE93遺伝子の2種類の遺伝子の働きが切り替わる終齢幼虫の時期にbroad遺伝子が幼虫形質と成虫形質の両方を部分的に制御していること、変態の制御に重要な3種類の転写因子がトンボでは他の昆虫とは異なる調節関係にあることを解明した。

 昆虫類に特異的な変態に関わる分子は人畜に害の少ない農薬開発の手がかりになることから、今後幼虫と成虫の形態を生み出す分子機構を詳細に解明したいとしている。